ランのストレス

犬の先祖は群れの動物であったから、仲間が欲しいという本能がひそんでいる。
ランは、はるか遠くでも犬の姿を見つけると、関心を示す。
ときどき散歩で出会うゴールデンレトリバー種のゴンちゃんやカイちゃんは自分よりも大きいから、
一目置きながらも仲良しで、出会うときは一目散に近づいていく。
スズちゃんというシーズー種の小型犬とも仲良しで、会いたい一心で飛んでいく。
犬はまた人間との長い付き合いの歴史から、人間とコミュニケーションをしながら暮らす動物となったから、
飼い主との充分なコミュニケーション無しには、よい関係はつくれない。


土曜日、ぼくら夫婦は、二人目の孫が生まれたので東京に住む息子夫婦のところへ行くことになり、
一昨日から昨日まで、ランを動物病院に預けることにした。
病気ではなく、ドッグ・ホテルとして、お出かけの都合で預かってもらったのだった。
医院の扉を開けると、ランは進んで入っていった。
獣医の先生は、ランのリードを持って、奥の部屋へ連れて行こうとしたとき、
ランは連れて行かれるのを嫌がって外へ出ようと、リードを引っ張った。
が、先生は無言でランを引っ張って連れて行った。


日曜日の夕方、ぼくらは東京から帰ってきた。
ランを迎えに動物病院に車で行くと、これまでのドッグホテルだと、車の音でぼくらが迎えに来たことを察知して吠える声が聞こえたのだが、それがない。
防音効果のよい建物だからかもしれなかった。
先生がランを連れに行った。
気配を感じたランは必死に飛び出してこようとリードを引っ張って掻く足の爪の音がドアの向こうでする。
狂喜のランが姿を現した。
早く帰りたい、必死の声を発し、受け取ったぼくの手のリードをランはぐいぐい引く。
車に飛び乗ったあとも、ランの興奮は収まらなかった。


家への途中から、ぼくはランを散歩させて帰ることにした。
ランの吐息が荒い。
今日も暑かった。
道路のアスファルトを手のひらでさわると、それほど暑くはなかったから、ランの散歩の障害にはならない。
犬の散歩の場合、道路と犬の体との距離が近いから、暑さはもろに呼吸器官に打撃を与える。
それは尋常ではないから、気をつけなければならない。
ランは、息をハアハア弾ませて引っ張る。
道路の側溝を通る水路のほうへ行こうとしている。
山からの水を通す水路にランは飛び込んだ。
流れる水のなかをじゃぶじゃぶ歩きながら、ランはたくさんの水を飲んだ。
そうとう喉が渇いていたらしい。
しばらく歩いたとき、ランはウンチをした。
これはいつものことで、だからウンチ散歩と呼んでいて、ウンチを取って入れるための新聞紙と袋をいつも持ち歩いている。
ウンチは、少し下痢気味だった。
道路上のウンチを拭い取って袋に入れ、少し行くとランの好きな水遊び場がある。
四角な、水を溜める小プール。
そこに飛び込んでぐるぐるばしゃばしゃしたら、また歩く。
それからランは2回目のウンチをし、3回目のウンチをした。
これは普通のウンチだった。
4回目、下痢だった。
5回目、さらに水のような下痢。
これで出るものは全部出た感じだった。


家に帰り着いて、思った。
以前住んでいた地域の動物病院や、この地域のドッグホテルに何回か預かってもらったりしたことがあったが、
こんなことはなかった。
そうとうストレスが強かったのだと思われる。
それにしても水をあんなに飲んだのはどうしてだろう。
水を充分あたえてくれていなかったのだろうか。
この猛暑の中、ランのいた部屋はどうだったのだろう。
いろんな疑問が出てきた。
翌日、そのことをすべて動物病院に電話で話した。
ランの二日間を尋ねると、水は2、3回与えていた。散歩は晩と朝、15分ほど連れて行ったがウンチは少ししかしなかった、
ランは部屋のゲージに入れていたが、窓を開けて風を通していた、
1日目は、寝ていた、2日目はよく吠えていた、
という報告だった。
猛暑だったし、ゲージに入れられっぱなしだったし、コミュニケーションはいっさいなしだったし、
飼い主から離れて、ただ1匹、
寂しくて、不安で、家に帰りたいと、ぼくらを求めて呼んでいた。
ストレスはそうしてたまった。
そういうことだろう。


犬の心は微妙です。
犬もコミュニケーションが必要な動物なのです。


人間はなおさらコミュニケーションが必要です。
コミュニケーション能力が豊かであることは、
人間同士でも人間と犬とでも、よい関係をつくっていくことに必要です。