ランちゃんを預けて


 三日間、ランは、日本語教室の事務と運営をやってくださっている高橋さんにあずかってもらった。
 これまでペットホテルであずかってもらったことがある。獣医師に預かってもらったり、ペットも入れる喫茶店であずかってもらったりしたこともある。いずれも、ランのそれまでの生活とは無関係の、そこの都合、やり方であずかるというものだった。狭い檻に入れられてもいた。真夏の時も室内に放置されていたようで、ランのストレスはすざまじかった。帰ってきたランはひどい下痢をしたことがあった。
 ランには生活の流れがあり、リズムがある。あずかってもらうということは、それが崩れることでもある。もう「ペットあずかり業」にはあずけたくない。
 そこで、去年のチロル旅行の時は、ランをかわいいと思ってくださる一人暮らしの御近所さんにあずかってもらった。
 そして今回の二泊三日は高橋さんに頼んだ。高橋さんはあずかることを楽しみにしてくださった。以前犬をあずかったことがあり、そのワンちゃんが飼い主のもとに帰るとき寂しくて泣けてきたとおっしゃった。
「高橋さん、うちの犬をあずかってくださいませんか」と、頼んでみたら、快く引き受けてくださった。
 ランをあずかってもらう日までに、二回予行練習をやった。ランを連れて行って、高橋さんと娘さんと三人一緒に散歩した。娘さんが緊張しながらリードをもって歩いてくださった。そして、ランの生活パターン、リズムを、高橋さん、ご主人、娘さんに話して理解してもらった。食事と飲み水のこと、トイレのこと、寝床のこと、朝夕の散歩のこと、ランは朝夕の散歩の時にトイレをする、その処理の仕方、ランとのコミュニケーションの仕方、天気のいい時の昼間の過ごし方など、それらを御家族に伝え、ご主人に餌さを少しランに食べさせてもらって、関係を結んだ。
 ランをあずかってもらう日、車にランを乗せていった。高橋さんは暖かそうな毛布を敷いたランの寝床を作って迎えてくださった。
 ぼくら夫婦は安心して、マユちゃんの結婚式に京都へ出かけた。
 雨上がりの日曜日、上鴨の森の社殿を二月の気が清冽にながれる。神主が祝詞を宣べる。その一語一語を聞こうと思った。天の神,地の神、自然神への祈り‥‥。
 マユちゃんは新郎と新しい家族をつくる。一つの家族が始まった。ひとつの希望のはじまり。
 そして、雪の木曽路をこえて帰ってきた。特急「しなの号」の車内に、オーストラリアからだろうか、外国人の若者が乗っていた。スキー、スノボーをするために、白馬に向かう人たちだった。
 家に帰って、ランを迎えにいった。高橋さんの門をはいると、ランの声が聞こえた。車の音ですべてを察知したのだ。ひたすら待っていた。ランはリードをひきずり、飛び上がり、飛びついてきた。
「いい子でしたよ。散歩のときちゃんとトイレもしてね」
 高橋さんの御主人がほめてくださった。娘さんは静かに別れを惜しんでくださった。
「いつでもまたあずかりますよ」
と御主人の声。ありがとうございます。
 ランは家に帰り、すっかり安心して熟睡している。
 ランの暮らすランの我が家。高橋さんの家も、ランの家族になれそうだった。