夜中にランの声が何度も聞こえ、目が覚める。悲鳴のような、何かを求めるような。
起きていって、土間に来る。
ランは土間に伏せて、二本の後ろ脚が右に延びている。
頭の後ろをモミモミしてやると静かになった。
どうしたら水を飲むだろう、いい方法はないだろうか。
思いついて、ペットボトルに水を少し入れ、ランの口を左手で持って口を上に向け、ペットボトルの水を口に少し入れた。
ランは歯を食いしばり、口を開かない。水は歯の間から数滴口に入った。
何回か繰り返した。わずかな量だ。
夜が明けた。ランは体を横に倒し、目を開けず、ウォーン、ウォーン、ハウワウ、ハウワウ、と声を上げ続けている。鳴きながら、四本の脚をもがいている。あたかも走っているかのように。
洋子が、「散歩している夢を見ているのやわ。」と言う。
洋子がランに話しかける。
「ありがとね。よく散歩したね。楽しかったね。いつも元気だったね。」
ランはそれを聞いている。
そうか、ランは元気に大地を走っている夢を見ているのか。
走れ、走れ、ラン。颯爽と、風を切って。
一昨年の八月の猛暑の日、ランが動けなくなったとき、その時は動物病院へランを運んでいった。病院で点滴をうってもらい、一日入院もして、回復した。
けれど今回は、動物病院へは行かない。
16年前、ランは大分からもらってきた。小犬のランをゲージに入れ、瀬戸内海を船に乗って、奈良の御所の家にやってきた。
葛城、金剛山の麓、古道をよく散歩した。ランは元気いっぱいだった。
日中技能者交流センターで日本語を中国人の若者に教えていた時、ぼくらは、霧ヶ峰に若者たちを連れて行ったことがある。その時ランのリードを、女の子が持ってくれた。
信州に引っ越し、安曇野に住んでからは、ぼくらはランと一緒に、高原を歩き回った。夏、烏川渓谷に来ると、ランは谷川の冷たい水に飛び込んで自由に泳ぎ回った。毎日毎日、ランは元気の塊だった。
ランの命が尽きようとしている。
洋子はランの耳に、思い出と感謝を語り続ける。死の間際まで、耳は聞こえると言う。ランは聞いている。
悔いは残るが、ランの命を自然に任せている。
最期を看取ろう。
夢の中でランよ、走れ。