栗園の主


奈良の北さんから、安曇野のブルーベリーを送ってほしいという依頼を受けて、
三郷のブルーベリー農場へ行った。
リンゴ園、ナシ園、ブドウ園、トウモロコシ畑などいくつも広がる農場のなかにブルーベリー園がある。
だが、道を一つ早く曲ってしまったために、分からなくなった。
栗畑の前の道ばたの草にあぐらをかいて、お茶を飲んでいる人がいたから、
訊ねてみた。
「すぐ近くだな、まあここに座って、お茶でも飲んでいきましょ。」
太陽がかんかん照る前に、ブルーベリーを摘みたかったが、誘われたからには、断るわけにもいかず、
道路に腰を下ろした。
「まあ、飲みまっしょ。このキュウリの漬物はうまいだ。食べてみまっしょ。」
キュウリの塩漬けの一切れをつまんで、口にぽいと掘り込み、お茶をいただくことにした。
うん、おいしい。
「おれは、80になるだけどね、ここの栗を作っているだ。
今は5町歩作ってるだが、おれの父親は10町歩作ってただ。
まあ、うまい栗だ。どこにも負けねえ。
栗研究会や全国から視察に来るだよ。
宮中にもおさめたことがあるだ。
丹波栗は有名だが、おれの栗を食べたら、丹波はおいしくないと言うね。」
「なるほど、みごとにりっぱな木ですね。」
ぼくの背後に栗林が広がっている。1本1本がピラミッド形だ。
「父親譲りの昭和の木は全部切ってしまっただ。今残っているのは平成の木だな。
父は苦労して、栗園を増やしてきただが。
あと5年だね。おれが栗を作れるのは。
5年たてば、全部伐採しようと思ってるだ。」
「それは、もったいない。」
「いや、もったいないことはもったいないだがね。
しかし、おれの子どもは農業をやる気はないしよ。
おれの技術もおれで終りだな。」
「こういう木や農場、それを作ってきた技術を個人のものにしたまま継承しないで、
終りにしてしまうのは、おかしいですよ。
建物などの文化遺産は、大切に保存されるけれど、
こうして作られてきた農場や木などは先祖から苦労して伝えられてきた命の源で、
こういうものこそ重要文化財ですよ。
寺とかの歴史文化遺産とともに、生活遺産として守らねばならにですよ。重要度は劣らないです。」
「そういうがね。産業革命からのち、人間はどんどん変わってきただ。
資源を再生するのではなく、食いつぶすばかりよ。
おれは、ここに太陽エネルギーの基地を作ったらどうかと思ってるだ。
あそこの、ほれ問題になっている、石油をばんばん使ってトマトをつくろうなんて、とんでもないことよ。
そんなことは気温の高い海岸かどこかでやればいいんだ。
こんな酷寒の地で、石油をばかすか使う農業施設なんて、成功するはずはないんだ。
あんなのはすぐにつぶして、太陽エネルギーを活かす施設に変えたらいいんだ。」
「三郷のあの施設、それはもっともだと思いますよ。
それはそうと、後継者ですが、ここにも若い農業者がいますよ。
住むところにもことかくなかで、リンゴをつくったり、アイガモ農法をやったり、酪農をやったりしています。
こういう若者を支援していかねばと、市の農政課にも意見を言ってるんですが、
まったくそういう若者たちを支援しようとはしないですね。」
「役所なんて、そんなものだ。だめだよ。政府自体が、未来を考えてやっていくところがないからね。
お茶、もっと飲みなせえ。畑で飲む茶はまた格別おいしいだ。
後継者ね。人柄だね。人柄がよくなけりゃね。」
「いやあ、そりゃ、彼らすばらしい人柄ですよ。
一度会って話をしてほしいですね。」
「おれは、こうやって1対1でよもやま話をするのが好きでね。
講師みたいなのは、気が向かないね。」
「ぜひ一度話を聞かせたいですよ。」
「おれの栗、日本一なのは二つの技術があるだ。
おれは、秋か冬、春までこの農場でずっとやってるだ。
来まっしょ。
袖振りあうも他生の縁だで、ながなが話してしまっただね。」