子孫からのあずかりもの


       2007年 新年にあたって


「人間の大地」(犬養道子)は、
1983年に中央公論社から出版された本だが、
今にいたるまでこの本は、多くの読者をひきつけてきた。
この本は、過去のものではない。
ますます深刻さの度合いを深めている現代の書である。
「あとがき」にこの本のいきさつが書かれている。


「1979年末、タイ南端のマイルート難民キャンプで
一夜を共にすごした二百余人の難民孤児たちの
言語に絶する苦悩と悲痛に満ちた顔と姿であった。
ひとりひとりのやせ衰えたからだや悲哀、
絶望の眼差は、執筆の三年間、いつも筆者の眼前にあった。
あのような子らが、いま現在、億の数で全世界の貧困地にいる、
いま餓死しつつある‥‥
その思いが筆者を駆りたてた。
だから、ほんとうの筆者は、彼らである。
印税の受取人は彼らである。」


犬養道子は、膨大な資料を集め、それらを読破し、分析し、
世界の現地を歩き、取材し、
学者や専門家、現地の実践家と討議して、この書にまとめた。


この本の、どこからでもいい、
部分でもいい、
読んでみること、
それをすすめる。


「大地、逝くか」という章がある。
そのなかで聖書の「創世の書」について書いている。


神は人間に、大地、大海を、
「これらを統べよ、これらを耕しこれらを食せ」
と委せた。
その「統べよ」の一語を、自分に都合のよいように、
「人間の力――金力・技術力等をフルに使って、支配せよ」
と解釈した人間たちは、自然を屈服させ、
好むがままの支配下におくものだと思いこんだ。
だが、聖書のなかには、重大な真意が秘められている。
「われわれ人間の中のだれが
種子を抱き育み麦穂を与える力を秘めたこの大地をつくったろう、
すべての生になくてはならぬ太陽の光をつくったろう、
すべては与えられ委されたものである。」
「おまえたち(人間)は、管理を託された者である。
(自分がつくり出しもせず絶対の所有者でもない)おまえたちが、
委託されたという一事を忘れて、
万人の生のために被造物もろもろを使わなかったら、
おまえたちは神の前にその責任をとらなければならぬ」


FAO(国連食料農業機関)の人たちは異口同音に言う。
「大地をわれわれは、われわれの子孫から借りているのだ。」
しかし、ああ、‥‥
そこから世界の現実、日本の現実について、犬養は書いていく。


「われわれは、大地をわれわれの子孫から借りているのだ。」という思想、
未来の子孫から借りている。
未来につづく子孫に想像力を働かせよ。
ぼくらは子孫に、何を、どんなものを、
ひきついでいこうとするのか。 


「もうひとりの友達」の章で、犬養はこんなオランダの諺を紹介している。


  リーダーとは何か。
  一方の眼で水平線のかなたを、
  一方の眼で自分の足もとを、
  見て眺めて
  二つの視線をひとつに
  結ぶ人‥‥