⑧大杉谷を下る


       テレパシーでUFOを呼ぼう

 <こういうこともできた時代の ひとつの記録です>


弥山から帰って、しばらくしたらまた卒業生が学校に来た。
先生、堂倉小屋へ行こ。
ははーん、大杉谷の堂倉小屋の少女に会いたいのやな。
去年の夏の少女が忘れられんのか、ほんなら行こ。
話が早い。
八月の学校はがらんとして、校舎も運動場もまぶしい。
高校生五人とぼくは、堂倉小屋から大杉谷を下降する計画を立てて出かけた。
筏場から大台辻に登り、何千何万の命がみなぎる森に抱かれて、
林道を堂倉小屋へ直行する。
彼女、いるか?
小屋には少女の姿はなかった。
せっかく会いに来たのに恋は実らずだなあ。
その日は堂倉小屋横にテントを張って一泊した。
二日目、大杉谷を下る。
黒部峡谷を隅から隅まで歩き回った冠松次郎が、
黒部峡谷に匹敵すると絶賛した谷である。
日本一の雨量を誇る大台ケ原の水を集め、豪壮な滝がつぎつぎにかかる。
桟道をへつり、吊り橋を渡る。
神秘的な水をたたえた滝つぼで泳いだ。
二泊目の夜は途中の河原で迎えることにした。
食事が終わったとき、克好がおもしろいことを言い出した。
テレパシーでUFOを呼ぼうや。
UFOが来る、UFOが来る、と一心に念じるんや。
念じていたら、UFOが夜の空に現れるんや。
ほう、おもしろい、やってみよう。
河原に六人は並んで寝ころんだ。
まだ昼間の太陽熱を蓄えたごろた石が、背中にやさしい。
谷の上の夜空に、無数の星がまばたく。
あれが白鳥座だよ、真ん中がデネブ。
ときどき流れ橋が飛ぶ。
瀬音を聞きながら、みんなは黙って念じていた。
ぼくも真剣に念じた。
星星の間からすーっと、空飛ぶ円盤が現れてきそうな感じがしたが、
テレパシーのかけかたが悪いのかな、UFOが来ないな。
12時ごろまで、星空を見つめて念じていた。
とうとうUFOは現れず、
寝よう、焚き火にあたってから、六人はテントの中に入って寝た。


克好の言ったことを受けて、みんなはやってみた。
他愛ないことかもしれないが、
ファンタジーの世界に遊んだ二時間ほどは、
「そんなことはありえない」とするよりも、
愉快で楽しい、夜と星との対話になった。
教師も子どもと一緒になってアホになる、
子どもの愉快とするところを一緒にやってみる、
それが教師ならではの醍醐味だ。