[自然]  雨

剣沢の小屋前キャンプ地に張ったテントをたたんで、
真砂沢の出会いまで剣沢大雪渓を下る日は雨だった。
山岳部夏山合宿の後発隊が、明日、富山側から上がってくるのを迎えるために、
雨だから停滞というわけにはいかなかった。
テントを畳む間も、雨は容赦なく3人の体を濡らす。
ヤッケの防水はまったく役に立たなかった。
荷物を背負って雪渓を下り、真砂沢の出会いのキャンプ地に到着したとき、
金沢は体力を消耗していた。
ぼくらは、自分の体温で濡れた服を乾かさなければならなかった。
山の激しい雨は、どんなに防水のきいた服でも完全に濡れるのを防ぐことはできない。
金沢は熱を出した。
風邪だった。
遠くなった学生時代のこと。


後輩部員5人が鹿島槍ガ岳のダイレクト尾根を春浅い積雪期にアタックした時、
雪壁登攀途中で雨になった。
高度が上がるにつれて、気温は下がり、やがて雪に変わった。
登攀が終わって稜線に出た。
とたんに黒部側から猛烈な吹雪が襲った。
濡れていた服はばりばりに凍りつき、たちまち体温を奪っていった。
ウールの肌着を付けていなかった者たちの体は氷のように冷えていった。
やがて稜線で2人が倒れ、凍死した。
凍死した仲間を守ろうとした一人も、雪洞のなかで息絶えた。


晴れた日を「いい天気」と言い、
雨の日を「わるい天気」と言う。
しかし、日照りが続いたときや、干ばつのときは、
雨を、「慈雨」と呼ぶ。
「恵みの雨」と言う。


山の歌は、シンプルで素朴だ。
山では、よく歌った。
シンプルだから、そこにこもる心がある。
山の歌は、年をとった今も、口をついて出てくる。
今は、山を歩きながらではなく、朝の野を散歩しながら口ずさんでいる。



    明るい 楽しい 山の一日
    朝日と 一緒に 歩き出し
    あの山 この峰 よじのぼり
    夜は みんなで 歌おうよ


    暗い さびしい 山の一日
    そぼふる 雨に 濡れながら
    あの谷 この沢 藪をこぎ
    それでも みんなで 歌おうよ


好きな歌の一つだ。
心ざびしいとき、2番をよく歌う。

キャンプソングに、「山賊の歌」というのがあった。
生徒たちとキャンプしたとき、よく歌った。
だれが作った歌だろう。


    雨が 降れば 小川が でき
    風が 吹けば 山が できる
      ヤッホー ヤホホホ
      さびしい ところ(くりかえし)

    夜に なれば 空には 星
    月が 出れば おいらの 世界
      ヤッホー ヤホホホ
      みんなを 呼べ(くりかえし)


今日、ひとつの文に出会った。
中国人の研修生たちは毎日日誌をつけている。
それを毎日読ませてもらい、まちがったところを訂正する。
こんな短文があった。
ひとりの男性の日誌の一部。


    今日の天気は雨だった。
    私は 雨が好きだ。
    雨が降っているとき 冷静を保つ。


たぶん「冷静を保つ」は辞書で調べた時、例文にあったのだろうと思う。
「心が落ち着く」、「心が冷静になる」、と書きたかったのだろう。
「雨が好き」、この感覚が日本では新鮮に思えた。
日本では、このごろよく雨が降る。
彼らは日本の雨に驚いている。
中国では、西の農村部に、干ばつが進行しているという報道があった。
雨が待ち遠しい。
農村出身の彼等のすなおな思いだろう。
日本にいる今も、彼はふるさとを思っている。