雪洞を掘って泊まり、唐松岳に登る
<こういうこともできた時代の ひとつの記録です>
初めての卒業生を送り出して一月半後、
五月の連休に、登山部で三年間登ってきた四人を連れて、
北アルプスの唐松岳に登った。
彼らの使うピッケルとアイゼン、わかんじきなど、必要な装備は、
ぼくの山仲間が貸してくれた。
大阪から夜行列車に乗って、夜明けの大糸線、
白く輝くあこがれの北アルプスは目の当たり、
高校生になったばかりの彼らは歓声を上げて山を眺める。
駅を降りて八方尾根に取り付いた彼らは、
いっぱしのアルピニストのかっこうだ。
空は晴れ、白銀の世界がまばゆい。胸が高鳴る。
下部はスキーリフトを使い、第三ケルン近くまで登って、雪洞を掘った。
五月の雪はしっかりしまって、雪洞は堅固にできた。
雪洞にはいって夕食を作る間も、
昇は雪の壁を削って部屋を拡張している。
夜に入って風が出た。
雪洞はローソク一本で明るく、そんなに寒くない。
寝袋に入って一切の物音から遮断された雪中の夜を過ごし、
朝起きてみると、入り口のシートの外が雪で埋まっている。
昨夜の風で新雪が雪洞の出入り口を埋めてしまったのだ。
内から雪を掻きだし、外に出る。
尾根に立つと、
鹿島槍、五龍、唐松、白馬、神々の峯が白く連なる。
さあ、頂上に向かうぞ。
アイゼンをつけ、ピッケルを手に尾根を行く。
頂上の直前まで来たとき、
尾根の上にわかんじきが落ちているのを見つけた。
変だな、みんなあたりを探してみろ。
清がスキーストックを見つけた。
このあたり、掘ってみろ。
そのとき克好が叫んだ。
穴がある、穴だ。
雪のなかに小穴があいた。
別の登山者の雪洞だ。
穴から中に叫ぶと、声がした。
生きとる、生きとる。
穴を広げて無事を確かめ、また歩き出す。
雪の急斜面を乗り越えたら三千メートルの稜線、
とたんに風が強くなった。
閉ざされた唐松小屋に着いたところでストップ。
頂上へは行かず、彼らの初めての北アルプスはここまでだ。
彼らの冒険はここが限界だとぼくの感覚が伝えている。
同じルートを下ってもう一泊は昨夜の雪洞下の小屋に素泊まり。
三日目は濃霧にまかれた。
3メートル前も見えない。
5人は離れ離れにならないように声掛け合いながら、
スキーゲレンデを降りてきた。
彼ら15歳の大冒険だった。