⑥雪の北アルプスへ


          雪洞を掘って泊まり、唐松岳に登る

       <こういうこともできた時代の ひとつの記録です>


初めての卒業生を送り出して一月半後、
五月の連休に、登山部で三年間登ってきた四人を連れて、
北アルプス唐松岳に登った。
彼らの使うピッケルとアイゼン、わかんじきなど、必要な装備は、
ぼくの山仲間が貸してくれた。
大阪から夜行列車に乗って、夜明けの大糸線
白く輝くあこがれの北アルプスは目の当たり、
高校生になったばかりの彼らは歓声を上げて山を眺める。
駅を降りて八方尾根に取り付いた彼らは、
いっぱしのアルピニストのかっこうだ。
空は晴れ、白銀の世界がまばゆい。胸が高鳴る。
下部はスキーリフトを使い、第三ケルン近くまで登って、雪洞を掘った。
五月の雪はしっかりしまって、雪洞は堅固にできた。
雪洞にはいって夕食を作る間も、
昇は雪の壁を削って部屋を拡張している。
夜に入って風が出た。
雪洞はローソク一本で明るく、そんなに寒くない。
寝袋に入って一切の物音から遮断された雪中の夜を過ごし、
朝起きてみると、入り口のシートの外が雪で埋まっている。
昨夜の風で新雪が雪洞の出入り口を埋めてしまったのだ。
内から雪を掻きだし、外に出る。
尾根に立つと、
鹿島槍五龍、唐松、白馬、神々の峯が白く連なる。
さあ、頂上に向かうぞ。
アイゼンをつけ、ピッケルを手に尾根を行く。
頂上の直前まで来たとき、
尾根の上にわかんじきが落ちているのを見つけた。
変だな、みんなあたりを探してみろ。
清がスキーストックを見つけた。
このあたり、掘ってみろ。
そのとき克好が叫んだ。
穴がある、穴だ。
雪のなかに小穴があいた。
別の登山者の雪洞だ。
穴から中に叫ぶと、声がした。
生きとる、生きとる。
穴を広げて無事を確かめ、また歩き出す。
雪の急斜面を乗り越えたら三千メートルの稜線、
とたんに風が強くなった。
閉ざされた唐松小屋に着いたところでストップ。
頂上へは行かず、彼らの初めての北アルプスはここまでだ。
彼らの冒険はここが限界だとぼくの感覚が伝えている。
同じルートを下ってもう一泊は昨夜の雪洞下の小屋に素泊まり。
三日目は濃霧にまかれた。
3メートル前も見えない。
5人は離れ離れにならないように声掛け合いながら、
スキーゲレンデを降りてきた。
彼ら15歳の大冒険だった。