③夏休みのキャンプ


         闇と夜明け

       <こういうこともできた時代の ひとつの記録です>


登山部はじめての夏休みのキャンプは金剛山にした。
あせらない、欲張らない。
ゆっくり基礎をかため、信頼を得ていくことだ。
十人の子どもたちは学校を出発して、淀川堤防を歩き、
電車、バスを乗り継いで、千早まで入った。
生徒会のわずかなクラブ予算で買ったテント一張りは、
「牛」というあだなの頑健な昇がかついだ。
「ピーナツ」司郎はアルマイトの大鍋をザックにくくりつけ、
亀みたいに歩く。
千早城址からの真夏の日差しにはあえいだ。
頂上のブナ林にある国見城址にテントを張り、
グランドシートを敷くと、
清潔好きの生徒は、シートの上のほんの小さな草の葉も、
見逃さないで取り除こうとする。
シートの下には草を敷き、
快適に眠れるように、
たったの一夜でも、人間はその時その時を最良のものにしようとする生き物さ。
飯ごうで飯を炊き、メザシを焼き、
味噌汁をつくって食べる。
これが最高のご馳走だ。
夏の遅い夕闇が迫ってきたから火を焚いた。
闇はどっぷり火の周りを取り囲む。
ブナの森の木々は闇よりも黒い。
キャンプファイアーを眺めていると、
山の不思議の話がこんこんと湧き出て、
自然の神秘への畏敬の念が子どもたちの心に湧く。
「きもだめしをしよう」
一緒に引率で付いてきてくれた生活指導部長のY先生が乗ってきた。
オレは古井戸の脇にうずくまって、やってくる生徒を待ち受けるだけだ。
腰をぬかさんばかりに逃げていった「ダンディ」海三郎は、
今は文芸評論家になっている。
闇の奥には何かがいる。
闇の世界は物理的空間ではなく、時を超えた世界。
昼は眼で見るが、夜は心で感じとる。
見えない世界を子どもたちの野性が感じる。
寝袋を買う予算がなかった。
子どもたちは、タオルケットをかぶり、体をくっつけて寝た。
くすくす笑い声が遅くまで続いていた。
テントのすそからしのびこむ夜明けの冷気に眼が覚め、
どこからともなくうっすら明けかけてくるある瞬間に、
小鳥が鳴きだす。
闇が消えはじめたら、もう子どもたちはテントの外で騒いでいる。
たきぎを集めるぞ、朝飯の用意だ。
日が昇る。
今日は、長大な南尾根を、紀州の山並みを眺めながら歩くぞ。
ツツドリが一日鳴いているぞ。