⑦  抗日戦争60周年


 夏の夜、TVをつけたら、ドラマをやっています。登場する日本兵の服装で日中戦争がテーマだとすぐに分かりました。日本軍の残虐行為は見たくないなあ、少し忌避したい気持ちが湧きました。
 それは、抗日戦争のときのある山村の民兵の戦いです。見始めると引き込まれていきました。
 今夏は日中戦争を描いた連続ドラマを毎日のように放送しており、ドキュメンタリーも連日特集を組んでいました。ドキュメントは、抗日戦争を体験した人たちや学者が登場して、当時を振り返り、実態を探ります。
 テレビだけでなく出版物も、「抗日戦争勝利60周年記念」の本がたくさん出ていました。
 TVドラマには、日本軍のやった残虐行為が次々出てきます。
 しかし、見ていて、日本軍のやったことはこんな程度のことではないだろう、という思いが湧いてきました。残虐行為も戦闘場面もかなりセーブされていると思えるのです。フィクションだから事実のもつ重みがないのは当然として、制作者の意図が残虐行為の描写にはなく、メインのテーマは別のものになっていると思えるのです。
 抗日パルチザンの村の民兵たちは、日本軍とどのような困難のなかで戦ったか、内包されていた中国人の側の葛藤や対立、内部問題は何だったか、それらの方がよく描かれているのです。
 60年の年月を経ていま日中戦争を取り上げる、では何を描くことが現代の課題につながるのか、そのことを検討した結果なのでしょう。
 ドキュメンタリーでは、日本軍の慰安婦問題を日本軍の歴史のなかで探っていく番組もありました。
 日本人の反戦同盟の映像、雲南戦線で中国軍を支援したアメリカ兵たちの記録など、中国人以外の人たちとの連帯を描いたドキュメントの最後には、「祖国の危機を助けてくれた友人たちのことは、永遠に忘れない」という言葉が出ました。

 本屋に行きました。眼に飛び込んできたのは「抗日」という写真集でした。入り口を入ったところにたくさん積み上げられ、天井からも広告のポスターが何枚もぶら下がっています。日中戦争関係の本は何種類も平積みされています。
 「日本軍の残虐行為の記録」(写真集)、「血痛36人の慰安婦の証言」(写真と文章)、「日本帝国の崩壊」(写真と文章)、「靖国神社の秘密を暴く」(写真集)、ベネディクトの「菊と刀」の翻訳もあります。
 胸が痛くなる内容でした。
 青島の共産党書記さんが、中秋節の食事会に招待してくれたとき、ぼくは胸の痛みを話すと、書記さんは、
 「日中戦争は過去のことです。老師、心を痛めないでください。」
と言ってくれました。
 けれど、今の日本の状況と日中の関係は安心できるものではありません。
 中国の報道を見ていて、何をいちばん訴えているのだろうと考えていたとき、ぼくのなかで感じるものがありました。
 「それらを貫いているのは、人間としての情なのだ」という思いでした。
 「反日」が目的ではなく、人間としての情をもって、歴史を理解し、相手を思いやり、未来をともにつくりたいというメッセージのように思えてきたのです。その情を理解できずに、中国は「反日教育」を行っていると、一面的にとらえていると、たいへんな間違いをおかす、そう思ったのです。
 一人の研修生が、日本語の高校教科書を持っていて、巻1から巻4までの四冊を見せてもらいました。
 その全教材を読んでみると、日中友好のメッセージが強烈でした。
 中国人留学生を支援した八百屋・五十嵐勝さんの話、「史記」に記載されている徐福の記録と日本における徐福渡来伝説、遣唐使空海の業績、歯の治療の出来ない貧しい中国人留学生に歯の特別治療をしてくれた医師の話、日本の先覚者・福沢諭吉の一生など、
友好に生きた二千年の日本人の記録が主軸になっており、ぼくの知らない話を、興味津々読ませてもらいました。