「戦争は女の顔をしていない」(スヴェトラーナ・アレクシェービッチ)は、読む者を引き付けてやまない。
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彼らが語る時、私は耳を傾けている、彼らが沈黙している時、私は耳を傾けている。
「これは出版しちゃだめだよ。あんただけに話すのさ。
年かさの者たちは、悲しげだった。
ある少佐が、みんな寝静まっている夜中に、あたしにスターリンのことを話しだしたんだよ。少佐は、一杯やったんで、怖いもの無しになってたんだね。自分の父親がもう十年も、収容所に入れられていて、文通もさせてもらえていない状態だと、うちあけたのさ。生きているのか死んでいるのかも分からない。
少佐は恐ろしい言葉を口にしたんだよ。
『おれは祖国は守りたい。だが、あの革命の裏切り者、スターリンを守る気はしない』
あたしはそんな言葉を一度も聞いたことがなかった。ギョッとしたよ。幸い、朝には姿を消していた。」
「これはあんただけに、こっそり言うんだよ。あたしは、オクサーナって子と仲良くしてたんだ。ウクライナ出身の子でね。その子から、初めてウクライナのすさまじい飢餓のことを聞いたんだ。餓死のことを。そこの村では、村人の半数が亡くなった。弟たちもお父さんもお母さんもみんな死んでしまった。その子だけが助かったのは、夜中にコルホーズ(集団農場)の厩舎(きゅうしゃ)で、馬糞を盗んで食ったからなんだって。
だれもそれを食べられなかったけど、その子は食べたんだよ。まだあたたかいのは口に入れられなかったけど、冷たいのは大丈夫だった。凍っている方がいいのよ。干し草の匂いがして。
あたしは言ったんだよ。
『オクサーナ、同志スターリンは戦っていらっしゃる、害虫どもを撲滅してくださる、でも害虫どもは数が多いのよ』
その子は応えたんだよ。
『違うわ、うちのお父さんは歴史の先生だけど、あたしにこう言ったわ、いつか同志のスターリンはこの犯罪の責任をとることになるって』
あたしは軍事委員に言いつけに行こうと思った。ひょっとしてオクサーナが敵だったら?スパイだったら?
二日後、その子は戦闘で死んでしまった、オクサーナに身内は一人も残っていなかった。」