去年、八月の酷暑の日、ランは危うかった。立ち上がれず、水も飲めず、獣医さんに診てもらって、三日間動物病院の世話になり、助かった。
今年もひどい暑さだ。ランはひたすら耐え忍ぶ。
家の軒先の日陰で過ごしたり、玄関の土間で寝そべって、トイレに行きたくなったら「ワン」と鳴き、のどが乾いたら「ワン」と鳴き、食事の時間が近づいたら「ワン」と鳴く。夕方の散歩のときは、水路の水の中にジャボンと入る。この時がいちばん快適なひととき。
遠くに住む孫たちは、電話してくる。
「ランちゃん、元気?」
「ランちゃん、死んだらあかんでえ。」
「ネロ ――愛された小さな犬に」という詩がある。谷川俊太郎の詩、その一部。
ネロ
お前の舌
お前の眼
お前の寝姿が
今はっきりと僕の前によみがえる
お前はたった二回程夏を知っただけだった
‥‥
ネロ
お前は死んだ
誰にも知れないようにひとりで遠くへ行って
お前の声
お前の感触
お前の気持ちまでもが
今はっきりと僕の前によみがえる
ランはもう老犬。あとどれだけ生きられるか。この夏は、なんとか生き延びられそうだ。早朝の散歩に同伴してくれている、ハアハアハア、息を弾ませて。
コロナの影響で、孫たちの今年の夏は、ジジババのところに帰ってこれない。
孫娘が叫んでいる。
「死んだらあかんでえ、ランちゃんにそう言うといてねえ。」