「カイトー、カイト―」
と大声で呼ぶ。カイトは、その声でぴたったと歩みを止めて、しゃきっと頭をあげ、こちらを見る。
「カイト―」
何度も叫んで近づいていく。カイトは、望月のおばさんが連れている、柴犬。
「いい子だね、いい子だね。」
カイトの頭をなでてやる。
我が家のランが昨年夏に死んでから、こうして出会う犬が、ぼくのちょっとした慰めでもあり、楽しみでもある。ランは今は、冷たい土の中。毎日毎日一緒に歩いた。
散歩で出会うワンちゃんは、カイト、ハナ、ヒメ、ポンタ、ユキ、オミソ‥‥。
姿を消したワンちゃんもいる。
カイトのおばちゃんは、この地で育ってきた人なのに、山のことはあまり知らない。
「こうして見ると、周りは全部山だねえ。山にまれれているねえ。あの山は、どこかね。」
北北東に白い雪山が見える。
「あの、北信濃の山ねえ。北信五岳だねえ。黒姫山か、妙高山か、高綱山か、火打山か、飯綱山か。」
「こんなに山々に、ぐるりと取り囲まれているんだねえ。」
「望月さん、信濃で生まれ育ったんでしょう?」
「そうだけど、ほんとにすごいねえ。」
「南の方に雪山、見えるでしょう。あの山はねえ、左から甲斐駒岳、次に北岳、そして仙丈ヶ岳ですよ。
次に後ろ向いて、北を見るとね、すごいね、真っ白な連峰。左からね、爺が岳の双峰、その右手の勇大な、これまたまっ白な双峰は鹿島槍ヶ岳、それから五竜岳、唐松岳、白馬鑓ヶ岳、白馬岳、そして右に進んで、小蓮華岳、白馬乗鞍岳、ちょっと下って天狗っ原ですよ。」
「よく知ってるねえ。」
「そりゃあ、学生時代や若いころ、全部冬の積雪期、登りましたから。今頃の大雪のときに、あの鹿島槍ヶ岳の東尾根、五竜の遠見尾根も豪雪の中、登りましたよ。
ちょっと分からないのは、あの東南の方向、美ケ原山と右手の高ボッチ山との間、遠くに尖った山があるでしょう。あれは八ヶ岳かなあ。」
「ふーん、よく分かるねえ。」
「地元に人は、案外知らないんだねえ。」