中村哲さんを、安田純平さん書く

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 ジャーナリストの安田純平さんが新聞に、中村哲さんのことを書いていた。

 安田さんは、シリアで武装勢力に拘束された経験を持つ。命の危険を感じつつも、現地にかかわり続け、処刑の一歩手前まで行って解放された。

 

 「中村さんは、なぜ現地にこだわったのか。1978年、中村さんは登山隊に参加して初めてパキスタンを訪れた際、山岳地帯で自給自足の暮らしをする村々で、一目で病人とわかる人に追いすがられながらも、見捨てざるを得ず、職業人(医師)として『深い傷になった』。この後、アフガンに接するパキスタンペシャワールの病院にハンセン病対策支援で着任、絶望的な状況におかれた患者たちの無残な姿に接して苦悩し、人々により深く寄り添っていく。」

 その後、ソ連軍のアフガン侵攻、その撤退後アメリカ軍の侵攻、そしてアフガンは武力抗争と略奪の横行する無政府状態になる。中村さんはその中で、非武装を徹底し、井戸を掘る医師となる。1600本の井戸を掘った。用水路を通し、砂漠に1万6千ヘクタールの農地を生み出した。現地がいかなる情況になろうとも、見捨てず続ける。

 安田さんは、中村さんの三冊の著書を紹介している。

 「アフガニスタンの診療所から」

 「医者 井戸を掘る アフガン旱魃との闘い」

 「天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い」

  この人こそ、ノーベル平和賞に値する人だった。