2025-03-01から1ヶ月間の記事一覧
2011年3月11日2時46分、ぼくは松本駅を発車し名古屋に向かう急行列車に乗っていた。午後、小学時代からの友だちと大阪で会うことになっていた。列車が木曽路に入った時、駅でもないところで列車は止まってしまって動かず、しばらくして車内放送があり、地震…
「オオカミが日本を救う!」(丸山直樹著 白水社)のなかで、丸山氏は述べている。 ヨーロッパには数万頭のオオカミが住んでいるが、オオカミは人を避け、人を襲う人身事故は発生していない。 日本では、シカやイノシシ、サルが全国的に増えすぎている。これ…
柳田国男は、「遠野物語」を書いた。遠野は岩手県北上高地にある、馬の産地で、今も酪農、畜産が盛んだ。柳田国男は、遠野の人、佐々木鏡石から、岩手に伝わるたくさんの話を聴いて、「遠野物語」とした。その中に、明治初めまでの頃のオオカミの話がいくつ…
先日、NHK・TVで、「ダーウィンが来た」を見た。その映像は、モンゴルのオオカミの生態と、モンゴル人とオオカミとの共生を描くものだった。オオカミはどんな存在か、モンゴル人は言う。 「オオカミは我々に勇気を与えてくれる、オオカミは幸運をもたらして…
種田山頭火(1882~1940)は、1925年に出家して全国を旅し、自由律俳句を詠んだ。 彼に、「銃後」と題した一連の句がある。「銃後」とは、直接戦場へは行かなかったことで、戦場に行かない人は「銃後の守り」についた。 「天、われを殺さずして、詩を作らし…
なつかしい手塚宗求さんの「霧ヶ峰通信」(1988年 信濃毎日新聞出版)を今回読み返して、あゝ、そうだったのかあ、と気づかなかった一つの発見をした。 「霧ヶ峰通信」に、次のような文章がある。 「徳本峠(とくごうとうげ)を越えて上高地に入る池野君に、…
<前日の続き> 手塚宗求さんの山小屋「ヒュッテ コロボックル」は、霧ヶ峰の車山中腹にある。今は故人の手塚宗求さんは、私よりも6歳年上だった。手塚さんの「邂逅の山」・「霧ヶ峰通信」にこんな一文がある。 「霧ヶ峰は寒冷の厳しい高地だ。ここは人間の…
<前日の続き 立山直下の地獄谷で嵐の一夜を過ごし、風雨もないだから、剣岳登頂に向けて、ぼくらは剣御前のコルを越えて剣沢に入った。次のテントは剣沢の小屋の前に張った。そして剣沢の大雪渓を下って、長次郎谷の雪渓を登った。ぼくはズック靴だから濡れ…
ぼくが初めて北アルプスの剣岳に登ったのは、高校三年の夏だった。 日本の主要都市ほとんどが米空軍の攻撃によって廃墟となって敗戦、それから10年が経っていた。ぼくは高校三年生だった。戦後10年間の日本の変化は急激だった。食糧不足で栄養失調、死者も出…
雪降る。 庭の枯れ草が雪に埋もれていく。 野鳥たちがやってきた。ここには食べ物があるかもしれない。 ヒヨドリ、ハト、スズメが、枯草の間をくちばしで掘っている。 バラの小さな実を、ヒヨがホバリングして、ついばんでいる。 昨日は、ジョウビタキ、ツグ…