先週の土曜日のこと。
食欲旺盛のランが何も食べない。水も飲まない。工房の床下に入って、ハーハー荒い呼吸をしながら伏せたまま動こうとしない。工房の床下は、おそらく我が家でいちばんヒンヤリするところだ。
その日、早朝五時からジャガイモ掘りをした。妻に付いて畑に来たランはよろよろと足元が定まらなかった。それから家に帰り、工房の日陰につないで、餌と水を用意したのだが、食いしん坊のランが見向きもしなかった。いよいよその時が来たか、一瞬そう思った。
しかし、この猛烈な暑さの時季、水を飲まなかったら、本当に命がないから、なんとかして水を飲ませなければならん。
「スポイトがないかな」
妻が出してきた小さなスポイトを使って水を飲ませようと、床下に頭からもぐり込んでスポイトを口元に持っていくが、ランは口を開けようとしない。無理やり口の横から歯茎にそそぐように水を入れたが、わずかばかり。
この異常な暑さ、妻が息子の嫁に電話したら、犬も熱中症になっているというニュースを伝えてきたから、これはでっきり熱中症だ、と我々は判断した。
我が家にはクーラーがない。尋常ではないこの暑さを扇風機と窓の全開だけで耐えている。我々も熱中症になりそうだから、僕はもう強がりを言うのをやめた。ぼくの強がりというのは、若い日の体験から来ている。
シルクロードの砂漠の旅で50度以上を体験しているから、こんなの序の口だ。
山岳会の登山で、猛暑の日中、五十キロの荷物を背負って歩いた。あのときはもっと熱かった。
そういうのがあるから、こんな暑さ屁とも思わない、という強がりが出る。
しかし、そんなことを言ってる場合じゃない。
動物病院へ連れて行こう。
かくして、これまでフィラリアの薬などを出してもらってきた獣医師のところへ連れて行った。車に乗せるのも大変だった。
結果は熱中症ではなく、瞳の動きと耳の奥の診察から分かったことは、内耳の前庭の異常が原因ということだった。平衡感覚が狂い、見るものがグルグル回転して立つことも歩くこともできず、食欲もなくなる。ランは15歳、人間なら100歳を超えている。
医師は、点滴注射をしてくれた。点滴の袋を二つ分、それが背中に突き刺した注射針で体に入った。
「人間なら点滴は血管に入れますが、動物はこうして皮膚の内側に入れます。」
ランの背中はプックリ膨れてきた。この点滴の液が皮膚の内側を移動するのだという。これで水分と栄養を補給できた。
それから三日目、昨日も今日も点滴をしてもらった。少し歩けるようになり、水も飲めるようになった。が、餌は食べない。ときどき吐いたりする。
今朝の診療で、
「エアコンが家にないので、風の通るところ涼しいところを選んで、そこにランを置いています。」
というと、
「ランを置いていきましょ。夕方、陽が沈んだら引き取りにきてください。今はちょうど入院している子もいないので、一日預かりましょ。」
と、半パンをはいたラフな先生は笑顔で言った。ランはクーラーのきいた動物病院で今日は一日過ごしている。