マミの死


 窓の外に一匹のクモが巣をはって、風が吹くとユラユラ揺れている。前脚の二本がすごく長い。巣を移動するのに役立つからだろうか。
 餌になる虫が巣にかかることはめったにない。それでもクモは定点に巣を張って、虫がかかるのを待っている。ひたすら待っている。何日も食べないでも待っている。
 季節が冬になり、霜もおりた。山には雪が積もった。この寒さで生き延びるのは無理だろう。だが彼は生きている。今朝は足を動かしていた。その時が来るまで生きている。その時とは体の機能が停止する時、その瞬間が訪れるまでは生きている。クモを見ていたら、悟りを開いた僧侶のように思え、厳粛な気持ちが湧いてくる。
 
 お向かいの一人暮らしのMばあちゃんが、今朝、家から出てきて、
「マミが死んだ」
と言った。
「えーっ、昨日見たよ、犬小屋の前に立っていたよ。」
「昨日はもう夕ご飯を食べんかった。夜に、おたくのランちゃんが、わんわんわん、ないていたで。それはマミだと思っていただ。けど今朝、マミは死んでいた。」
「この寒さでとうとう持ち応えられんかったのかなあ。」
 マミの犬小屋は庭にある。マイナスの10度になってもその小屋で生きてきた。
「ミヤさんが、朝、マミの散歩に来てくれたら死んでるのを知っただ。朝からミヤさんに頼んで、一緒に車で甥のところへマミを運んだだ。マミは、甥の畑に埋葬しただ。」
「ランがないていたのは、マミの死を感じたんかなあ。動物にはそういう関知するものがあるんかなあ。」
 庭でミヤさんが、マミの敷き物などを焼いていた。ミヤさんは近所に住んでいて、毎日マミの世話をしてくれていた。Mばあちゃんが、足が弱って散歩に連れて行けなくなってから、この二、三年、ずっとマミの世話をしてくれていた。
 最期は瞬間に訪れる。
「22年間も一緒に暮らしたからね。よく生きたよ。マミも幸せだったよ。」
とMばあちゃんは言う。22年というのは事実ではないと思うが、ばあちゃんはそう思っている。
 マミが逝った。ミヤさんはもう散歩に行くことはないから、Mばあちゃんの家に来ることはない。マミはもういない。ミヤさんも来ない。最後の家族を無くしたMばあちゃんは、まったく独りになった。