ベトナム人のハー君

 技能実習生として日本の建設企業で働いているハー君に日本語を教えている。彼は、住んでいるところから堀金の日本語教室まで自転車で一時間かけてやってくる。冬の期間はかなり大変だ。日本語教室は日曜日の夜七時から九時までだ。勉強が終わって寮まで帰ると十時になる。雨の日や雪の日は危険も困難も多い。降雪がひどい時や道路が凍結した時は彼は教室まで来られなくなる。
 そこでハ―君については勉強時間を午後三時から五時までにして、場所も穂高の図書館に変えた。図書館のロビーに椅子テーブルがあり、障害者施設のカフェも店も開いている。そこの一つのテーブルで教えている。彼の通学一時間が半分になった。
 ハ―君は後二年間、日本で実習する。良心的な企業で、休日や勤務時間も保障されているから、日本語の勉強もしっかりできる。昨年末、日本語能力検定試験を受けて3級に合格した。彼は旅行が好きで、JRの「青春18きっぷ」を使って日本のあちこちへ行ってきた。東京、大阪、京都、広島も旅してきた。一人旅だ。これはすばらしい。同じベトナム人の友人が東京で実習しているから、東京へ行くとそこで泊めてもらう。今年は一緒に富士山に登りたいという。
 最近、ハー君は50ccのバイクの試験を受けた。ベトナムでは免許をもっていたから日本でも免許をとって、あちこちそれで旅をしたい。
 ところが試験は残念ながら不合格となった。少し点数が足りなかった。昨日、図書館にやってきた彼は、こんな質問をした。
 試験問題は日本語で出される。その意味が分からないのがいくつかあった。それで点数が足りなくなった。
「どんな問題?」
と聞いてみたら、こんな説明をした。円い道路標識に矢印→が右向きに書いてあり、その→の下から別の線がカーブして→に合流している。標識の回りを赤い円が囲み、その真ん中を斜に直線が横切っていて、下に「横断禁止」と書いてある。そのような標識が道路の左に立っていて、その先に三差路があり右折ができる。そこで問題、「横断禁止」ならば右折出来ないということなのか。ぼくは30年も運転してきたが、こんな標識を見たことがない。うーん、どういうことだろう。彼は右折できないと答えたが間違いだったという。ということは、
「横断というのだから三差路の手前で道路を横断することを禁止ということなのか?」
と、どうもぼくの答えがあやしくなってきた。
 次に、彼は、「追い越しと、追い抜きはどう違いますか」と聞いた。ぼくは、「そりゃ、同じではないかな」と答えたら、「いや、違うのです」という。ひえーっ、うーん。
 三つ目の質問。
 道路左に車を止めた。そこに標識があり、「駐停車余地6m」と書いてある。道路の左側車線は6mの幅がある。駐停車できるか。
 「余地だからなあ。車から中央分離帯までに6メートルのスペースがなければならないということだなあ。そうするとこの問題ではできないということだねえ。」
 どういうこっちゃ。もう口あんぐりだ。
「図書館で調べてみよう。おいで。」
 ハー君を連れて図書館に入り、道路交通法の本で調べた。「追い越し」はあるが「追い抜き」という用語はどこにもない。
 なんということだろう。あっけにとられた。
 こりゃ、警察に行って聴いてみるベ、と思って、学習を終えた。