麦と子ども

安曇野は今、青い稲田と麦秋の畑が一面に広がっている。
そのどこからも、子どもの声は聞こえない。
子どもは野の中から消えた。


稔りの早い麦畑は収穫が始まっている。
大型機械が畑の中に入って、麦を刈っている。
麦わらは、砕かれて畑に撒かれる。
全部機械が行う同時作業だ。


人類が麦を栽培するようになってから、
何千年になるだろう。


麦は人間の命をつなぎ、
麦わらは文化を育てた。
麦わらは生活をつくる貴重な材料、
細工物に使われた。
むぎわら帽子というものがあった。


麦わらは、子どもの友だちになった。
子どもたちは、麦わらを使って遊んだ。
虫かごをつくった。
帆掛け舟をつくった。
人形をつくった。
大人の作る伝統人形を見て、
子どもは子どものオリジナル人形を創作した。
麦刈りのすんだ畑で、子どもたちは遊んだ。
畑の中で、麦笛をつくって吹いた。


小学一年生のとき、ぼくはひとりで菓子箱に蚕を飼った。
蚕は桑の葉を食べ、4回眠った。
4回頭をもたげて、動かない。
眠った後で脱皮をした。
それが終わって5齢になり、
4週間目が近づくと、蚕の体は透きとおるようになった。
まゆづくりの始まりだった。
ぼくは長い麦わらを、ぽきぽき波型に折って、箱に入れた。
蚕は麦わらをつたって、
麦わらの茎の間に糸を張り、まゆをつくった。
3日かけて、まゆをつくり、中でさなぎになった。
一個のまゆの、糸の長さは、
1,200から1,500mはあるらしい。


安曇野は今、青い稲田と麦秋の畑が一面に広がっている。
そのどこからも、子どもの声は聞こえない。
子どもは野の中から消えた。