図書館のリサイクル市


      土曜日の午後


たいへん天気がいいです。
授業で、
「暑くもなく、寒くもなく、一年でいちばんいい気候です」というと、
みんな分かったようで、うなずきました。
可能動詞を教えました。
「『泳げます』は『泳ぐことができます』です。みなさん、泳げますか。」
女の人は、みなさん『泳げません』、男の人は『泳げます』でした。
オウさんは、
「わたしのうちの前に ダムがあります。わたしは 夏 泳ぎます。」
ダムという言葉を、辞書で調べて、言いました。


「わたしは、きょうの午後、図書館へ行きます。」
きょうは土曜日です。
終わりの会でそう言うと、リュウさんは、
「いっしょに行ってもいいですか。」
とききました。
「いっしょに行きたい人は、午後2時に、来てください。」
午後2時、リュウさんが肩からポシェットをたすきにかけて来ました。
「オウさんは来ましたか。」
「いいえ、来ていませんよ。」
結局、リュウさんだけです。
「ほかの人は、どうしましたか。」
「3人、寝ています。」
疲れて、3人は寝てしまいましたか。
「きょうは、図書館で、いいことがあります。お楽しみ。」
「お楽しみって、何ですか。」
「何でしょうね。お楽しみ。」
「お楽しみ、分かりません。」
『お楽しみ』という言葉が分からないのです。
てのひらに、『楽』という字を人さし指で書きました。
「じゃあ、後で辞書をひいてください。」
「はい」
並木道を歩いていきます。
リュウさんのお父さんは、何をしていますか。」
「農民です。」
農民と聞くと、親近感が湧いてきて、作物を訊きたくなります。
「何を作っていますか。」
「小麦をつくっています。トウモロコシもつくっています。」
「わたしも、小麦をつくったことがあります。うちでウドンをつくったり、パンをつくったりしました。」
リュウさんの目がまるくなり、感心したように笑いました。


図書館に着きました。
午後3時、2階の廊下に、30人ほどの列ができました。
リュウさん、今から本のリサイクル市です。いらなくなった本を、持ってきて、ほかの人にあげます。ほしい本を、もらいます。」
『あげます・くれます・くださいます・もらいます・いただきます』という言葉を、
先日 教えたばかりです。
「お金は、いりません。」
「ただですか。」
「そうです。ただです。」
この図書館や学校図書館の除籍する本と、読書サークルや個人からの寄贈本を、
年に3回、こうして贈り合いをする催しです。
「児童書は、少ないので一人10冊以内にしてください。
その他は、いくら持っていってもらってもいいです。たくさん持って帰ってください。」
主催者が、声をかけています。
ぼくは絵本を8冊と、料理の本4冊もらいました。
料理の本は、『横井和子のきままなパンの本』、同じく『おかしの本』・『朝食の本』などです。
リュウさんは、なかなか本を選べません。
「何か いいのがありませんか。」
「日本語がまだよく読めません。」
日本農業の、写真やイラスト入りの、いい本がありました。
「これをお父さんのお土産にしたら。」
薦めると、2冊、リュウさんはもらいました。
リュウさんの荷物がたくさんだったら、この本は困りますね。うちへ送ってあげたらいいですよ。」
「いいえ、わたしの荷物は少ないです。だいじょうぶです。」
お父さんにいま郵送しても、文章が読めないから、写真を見るだけで、
中国へ帰るときに送ります、という。
リュウさんは「お楽しみ」と言って、にっこり笑いました。
意味がすこし分かったしるしです。


帰り道、スーパーで飲み物を買って、途中にある斎場公園のベンチに座って喉をうるおしました。
「暑くなってくると、水分をとらなければ 熱中症になります。」
リュウさんは、分かりません。
また手のひらの指文字です。
「分かりました。チョンシュウ。」
リュウさんは、『中暑』と指で書きました。
ここの斎場は、外見からは斎場であることがまったく分かりません。
真ん中にあるホールのような建物の周りは、きれいな庭園です。
「わたしのお父さんは、日本語をよく勉強しなさいと、いつも言いました。」
「いいお父さんですね。」
リュウさんの故郷は、山東省です。


リュウさんの靴、足が痛いでしょう。もっと楽な靴を履くといいですよ。」
運動用の靴を薦めます。
「『楽』は、何ですか。」
指文字を書きます。
「『お楽しみ』と『楽』と、辞書で調べてください。」
「はい、調べます」
農家の畑に、エンドウがなっています。
タマネギも太っていました。