五味川純平「人間の条件」

 

    五味川純平の小説「人間の条件」は、かつて映画化され、またテレビドラマとなって放映されて、視聴者に強烈な感動をもたらした。映画では仲代達也が、テレビドラマでは加藤剛が、兵士の梶を主演した。

    梶は、シベリアの捕虜収容所に入れられた。彼は、戦争という極限状態の中で、いや応なく加害者として生き、被害者として死ぬ運命だった。

    テレビドラマで梶の役を演じた加藤剛を見て、原作者の五味川は加藤剛に手紙を送った。

    「梶はすばらしい出来でした。敗残兵であり山賊であった梶という男を、私は文学として書き残そうとしましたが、その一人の男を、ドラマを見ていて、改めて発見しました。原作者が自分の分身に巡り合えたのです。‥‥」

    手紙を読んだ加藤剛は、声を上げて泣きたいと思った。手紙の最後に、五味川はこんなこと書いた。

    「苦言を一つ呈します。私が村民に襲撃された場面です。もし私が逆に村民だったら、立射の姿勢で追い撃ちをして、梶をおそらく射殺したでしょう‥‥」

    加藤剛は、大きなものに打たれたように、ワナワナと体が震えたという。「銃弾」はものも言えぬ衝撃で加藤剛の身体を貫いた。兵士、五味川先生も、人を殺したことがおありだろうか! そんなことはありえない、ありえないことの証が、この原作「人間の条件」ではないか。一瞬の失礼な空想を私は心から恥じた。けれど、殺されないためには、殺す、この戦争の論理の曠野で、生き残れたとしたら、それはそれでやはり誰かを見殺しにしてきたおかげではないか。手を汚さず、殺さずとも、誰かが死んでくれたおかげなのではないか。ああ、なんと狂った世界をさまよう孤独な兵士であったことか。日本の男たちのほとんども‥‥。

    それは過去の悪夢だと、人は過去を葬る。しかし、これはまだ葬られてはいない。生き証人の並ぶ、まぎれもない現代史なのだ。

    ドラマ「人間の条件」のラストシーン、雪の曠野を歩く梶、人の寝た形をした低い丘を梶は歩き続ける。