この夏、この地球、この人



 

 

 雨の全く降らない日が続き、庭の畑の水やりが朝夕大変だ。田んぼに水を送る水路が道の脇を流れている。そこへ一輪車を押していき、大きな容器にバケツで水をくみ入れて、運んでくる。畑に戻ると小型バケツに入れ替え、ナス、キュウリ、ゴーヤ、ピーマン、インゲン、ブルーベリーなどの根元にたっぷり与えてやる。十回ほどの往復だが、膝の痛みをこらえて歩く。

 夕暮れ、水を汲んでいたら、サニーと愛ちゃんを連れた前山夫妻が散歩で通りかかられた。

 「よう、サニー、サニー、愛ちゃん、愛ちゃん」

 サニーの大きな体を抱きしめ、小さな愛ちゃんに、ドッグフード3粒を奥さんからいただいて掌に載せて口元に持って行く。

 会う人との挨拶は、みんな「降りませんねえ、この暑さ、たまりませんねえ」。

 早い田んぼではもう稲刈りが始まった。

 とうとうこの夏は、あちこちに巣を張ったクモの姿が見られない。アシナガバチの巣は一つだけ植え込みの中にあった。アリも少ない。カマキリは一匹見ただけ。コオロギは夕方少し鳴いている。蝶だけ、大小いろんなのが飛んでいる。トンボは数匹見た。

 白樺がもう落葉し始めた。生命力の強いムクゲは、赤花、白花、もう一か月以上咲き続けている。

    新船海三郎君から彼の新作「右遠俊郎の文学と生涯」が送られてきた。

 手紙が入っていた。

 「地球沸騰化は異常気象、これも人為のなせるところですが、そこに加えて東欧の戦争も原因していることでしょう。人のなすことの罪深さを思いますが、この国の首脳は当事国にも武器輸出を認めるとか。全く戦争などしている場合かと、彼らの脳の出来具合を疑います。

    ‥‥本書は私家版です。昨今の出版事情はことに厳しく、食指を動かしてくれるところはなく、ならば自分でと思い立ったものです。私の好きな右藤がそこにいて、笑ってくれているような気もします。」

 ぼくは右遠俊郎という人をよく知らない。「右藤没後10年、『森のない遠景』から『アカシアの街に』まで、文学をだずね、生涯をたどり、そこに、強く根を張った思想としての『民主』を探る。」と、本の帯にあった。今、この本を読み始めている。それにしても、こうまでしてこの本を出版した新船君の心にぼくは涙する。