「風に立つライオン」

[写真:インスブルックの街。看板らしいものは見当たらない。]


 「ぼくたちの国は、残念だけど何か大切なところで、道を間違えたようですね」
 この言葉は、さだまさしが1987年につくった「風に立つライオン」のなかに出てくる。
 この歌を最初聴いたとき、ぼくは心が震えた。その後何度聴いても感動する。
 この歌を聴いて医者になった人、アフリカに住みついた人、海外協力隊に入った人など、人生が変わってしまった人が何人もいる。海外で働く企業人たちは応援歌にしていると聞く。
 この歌は、ケニアのナイロビで働いている日本人医師からの語りになっている。高度経済成長期のバブルのどまんなかに日本はあった。「ぼくたちの国は何か大切なところで、道を間違えたようです」と、さだまさしは医師の言葉を歌う。アフリカの偉大な自然とそれに包まれて生きる人々や、澄んだ患者のひとみの美しさに触れて、医師はぼくたちの国の歩んできた道を振り返る。
 日本は道を間違えたのではないかと。どこでどのように道を間違えたのだろうか。現代に生きる日本人は、なんとなく観念的には「道を間違えたのかなあ」と思いもするが、心底「間違えた」と認識できるかどうか。敗戦後日本人は、より良き生活を求め、自己実現しようとひたすら歩んできた。経済・文化は発展し、豊かさ、便利さ、快適性という物質的進歩に価値を認めた。しかし、それらの進歩発展の裏側で、さまざまな害悪や矛盾も胚胎した。公害問題、自然と国土の破壊、交通事故、教育問題、地域共同体の消滅、基地問題などざまざまな問題が発生した。
 1990年代、バブル経済ははじけた。新たな問題がのしあがってきた。
 そして東日本大震災が襲った。
 2000年代、福島原発事故は遠い未来にまで放射線を出し続け解決のつかない被害を残した。さらにまた少子高齢化はいまだかつてない困難な社会の到来を予感させている。
 戦後70年、日本は戦争しない国として、この道は間違えることなく維持してきたけれど、安倍政権になってから、憲法9条の戦争放棄の規定を変えようという動きが具体的になっている。
 「ぼくたちの国は、残念だけど何か大切なところで、道を間違えたようですね」

 アレックス・カーはアメリカ生まれの東洋文化の研究家。イェール大学、オックスフォード大学、慶応大学で学び、1977年から京都亀岡に住んで、日本の文化研究とともに社会づくりの実践も行っている。「日本は大切なところで道を間違えた」と、世界のなかの日本を観る彼の意見は厳しい。彼は日本の社会、政治、文化に対して具体的な提言を行う。古い町屋を再生して滞在型宿泊施設にする活動をも京都、徳島祖谷、長崎小値賀などで展開し、日本の未来に向かって率直に意見する。(「ニッポン景観論」集英社新書
 彼はズバリ言う。
 <日本では多くの町が、受け継がれてきた歴史や伝統を抹消しようとしてきた。それは住民が自分の町にプライドをもっていないからだ。ヨーロッパでたくさんの町が美しく残ったのは、地元のプライドが高いから変な開発を許さなかった。日本は無秩序な開発でどの町も混沌とした状態で発展してきた。政治家や官僚が、長く居眠りをしている間に、世界はどんどん変わってしまった
 1970年代以降の日本では、道路、橋、川の護岸など土木工事に金を注ぎ、一方で地方の過疎を進めた。80年代後半までの日本の高度経済成長は社会の第二次産業化の上に立脚した。製造業の発展こそ経済大国への道だと日本人は誰しも疑わなかった。
 かつて屈指の美しい景観を持っていた日本は、今や無神経な破壊の道中にある。ドイツでは1980年代後半から、環境との調和こそが先端技術だと考えられるようになり、取り組みが進められている。日本以外の先進国では、数十年前から、自然と歴史環境、美観に配慮し、費用も規模も極限まで抑える技術の研究が進んでいる。しかし日本では逆の方向に進んだ。日本の技術は数十年前の技術を拡大しただけだ。先進国が追求しているような新しい技術は取り入れられていない。皮肉なことに世界に冠たる日本の土木技術は巨額の税金を使って、世界の潮流から遅れてしまった。>

 いくつかの要因が考えられる。
1、豊富な予算で工事を行い、その後のチェックも評価も機能せず、経済効果を分析しない。
2、国民の多くが公共事業をあまり意識しない。無視、無関心。
3、自然そのものを経済発展に反するものと思い、人工的なものが経済発展、文明だと思っている。
4、公共事業は総括的なビジョンがなく、断片的である。
5、森、樹木、野生生物、歴史的な建造物への尊敬の念が薄くなった。開発は平気でそれを滅ぼしてきた。

 「ニッポン景観論」(アレックス・カー 集英社新書)には、豊富な写真を掲載し、日本の国の実態を暴いている。厳しく率直であるが、それは日本を愛するが故である。日本の美を重視するからである。行政職員、議会議員は必読書であると思う。