敗北に託す希望





鶴見俊輔が、その著書「隣人記」(晶文社)のなかで、戦争末期の一つのエピソードを紹介している。
それは、片桐宏という陸軍特別操縦見習士官の死にともなう出来事である。
片桐宏は、1945年1月7日、飛行訓練中に亡くなった。
敗戦七カ月前である。
同志社女子大教授の福原春代さんは、片桐宏の遺族、片桐芳子さん宛てに手紙を書いた。
その手紙が遺品の整理の時に発見された。(栃原哲則『五十年前の手紙』)



「ほんとに、この宏ちゃんをこんな事にした戦争!
何とかして早く終息させたいと思います。
健やかな成長を望み、護っていらした神様は、
どんなに御心を傷めていらっしゃることでしょう。
宏ちゃんの死は、決して神の御召ではなく、
宏ちゃんを失うようになったその原因を、早くとりのぞくようにと、
私共に命じていらっしゃると存じます。
どうか今のようなことの早く終わり、人類共存共栄の世界を打ち立てるために、
与えられた持ち場でつくしましょう。」



当時の状況でこの手紙が官憲の眼に触れたらどうなるか明らかであるが、
福原春代は、心に秘めるのではなく、あえて手紙にしたためて送った。
「宏ちゃんを失うようになったその原因を、早くとりのぞくように」という重大なテーマを胸に抱いていた人がいて、
結局はその目的は敗戦によってもたらされたのであった。
鶴見俊輔は、体制に順応して、無批判に戦争遂行に協力していく論理を「状況追随の論理」と呼んだ。
集団同調性バイアスという言葉もある。
「バイアス」は「偏り、偏向」という意味である。


航空部隊なく、裸のままで沖縄戦に出撃した戦艦大和は、特攻出撃であった。
沖縄に向かう戦艦大和のなかで、白渕大尉が兵士たちに演説した内容が、
吉田満の『戦艦大和の最期』に記されている。


「日本人ハ進歩トイウコトヲ軽ンジ過ギタ。私的ナ潔癖ヤ徳義ニコダワッテ、真ノ進歩ヲ忘レテイタ。
敗レテ目覚メル、ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ワレルカ。
今日目覚メズシテ、イツ救ワレルカ。俺タチハソノ先導ニナルノダ。
日本ノ新生ニサキガケテ散ル。マサニ本望ジャナイカ。」


あえて死ぬことによって、すなわち敗れることによって、
日本を救うしかないという悲痛な論理がここにある。
破滅の道を行くところまで行かなければ気づかない権力者と、それに追随するもの、
ならば我らはどうすべきか。
破滅の先に来るものを期待するしかない。


特攻隊に散った兵士たちの中にも、
「日本は必ず負ける。
そして我ら日本人はなんとしても、
この国に新たなる生命を吹き込み、
新たなる再建の道を切りひらかなければならぬ。」
と遺書にしたためた学徒がいた。