一輪車に乗った犬



行く道の向こうで二人のご婦人が、向かい合って話をしている。
村の中、人影はその二人だけだ。
夕暮れが迫っていた。
一人の婦人の足元に、犬がおり、
もう一人の婦人の前に、一輪車があった。
向かい合っていた二人の身体が動いた。
一人がかがんで、足元の犬をかかえ上げ、一輪車に乗せた。
どうしたんだろう。
怪我でもしたんだろうか。
近づいていった。
婦人の一人は一輪車を押して歩きだし、
もう一人が横に付き添って歩いている。
一輪車の真横までぼくは来た。


「どうしたんですか。怪我でもしたんですか。」
声をかけながら犬を見た。
中型の白い犬は、一輪車の中でうずくまり、まったく精気がなかった。
毛並みは輝きを失い、眼に力なく、衰弱が体全体に現れていた。
「もう年なんです。」
一輪車を押しておられる六十歳ぐらいのご婦人が応えられた。
横につき添っている人は、もう少し若い。
親子のような感じがした。
「もう17歳なんです。」
老婦人の顔に微笑みが浮かんだ。
若い婦人もほほ笑む。
散歩に出たものの、ワンちゃんは歩けなくなったのだ。
それで一輪車の救急車がやってきたというわけだ。
「へえ、17歳とは、すごい長生きですねえ。」
「ええ、もう寿命ですねえ。」
「私も犬を飼っています。今4歳です。」
「ああ、若いですねえ。」
一輪車に乗せられた犬は、すっかり飼い主に自分をゆだね、
伸ばした前足の上に頭をおいていた。
犬は、介護される身になるほども長生きして、
命をまっとうしようとしている。
大型犬の平均寿命は12歳ぐらい、
小型犬はもう少し長くなる。
それにしても17歳とは、犬の長寿者だ。
我が家のランもいずれは寿命が来る。
ランの友だちの、ゴールデンのゴンちゃんは12歳ぐらいで、それでもゆっくりゆっくり散歩している。
飼い主のヤグチさんは、
「もう来年ぐらいかなあ。」
とおっしゃる。
ヤグチさんとゴンは、すっかり気心が通じ合う間柄になって、
犬との別れは想像しただけでも耐えられない思いがするとおっしゃる。
それでも来るものは来る。
毎日散歩しながら、覚悟を深めておられるような感じがする。
ヤグチさん夫婦は、2匹飼っておられた。
ゴンちゃんと一緒に暮らしてきた白のラフちゃんは去年亡くなった。
ヤグチさんの奥さんは、悲しみからなかなか立ち直れなかった。
家の中にお墓を作り、
毎日線香を上げておられた。
そして、次にゴンの天寿全うが来る。


ランにも命の循環を終える時が来る。
私も同じようにそうなる。
何年先か。
ただ生き切るだけ。
命を全うするだけ。