加美中学1985年卒業生同窓会 <2>


                                 
 明秀はぼくの担任する1年7組のワンパクだった。そのクラスにはワンパク男子が五人ほどいた。授業開始のチャイムがなると、次の授業はヨッサンだぞ、それ行けとばかり、五人にオテンバ一人も加わり、ヨッサンを迎えに、半分はからかうために教室から出てきて職員室の方へ走ってくる。ぼくはそれを見ると、
 「チャイムが鳴ったら席に着いとかんかあ。」
と叫んで教室へ向かった走りだす。彼らは待ってましたとばかり、きびすを返して教室に逃げ帰る。こらー、追っ駆けて教室に入る。すると彼らは席について、にこにこ笑っていた。
 クラスには二人の、障がいをもった子がいた。一人がサトシ。両親は沖縄出身で、大阪に出てきて職につき、サトシが生まれた。サトシは元気に育ち、日曜日になると公園で親子でキャッチボールをした。ところが小学一年生の時に火事で家が全焼した。お父さんは、言った。
 「火事の恐怖が大きかったんです。それが原因になって、発作を起こすようになったんです。発作が知能に影響したんです。」
 障がいをもつもう一人はヒロシ。体は小さく、スムーズに話したり歩いたりできない。家は小さな食料品スーパーを営んでいた。お母さんはヒロシの生い立ちを話してくれた。
 「生まれる時の障がいで、脳性マヒになりました。」
 お母さんはぼくに手記を手渡してくれた。
 「待望の出産でした。忙しいながらもうれしかった。ミルクを飲みながら、おとなしく寝て遊び、静かに過ごしてくれることを幸いに、私たちは階下の店で仕事をしていました。ヒロシはハイハイもせず、遅れが目立ってきたので、保健所に相談しました。骨の状態や検査の結果、脳性マヒと診断され、ショックでした。でも負けていられません。三歳になってなんとか歩けるようになり、努力して三輪車にも乗れるようになりました。小学校入学前に整肢園に入って寄宿生活しました。一か月ほど辛くて泣き別れでした。それから養護学校に入りました。父親は朝、市場から帰ってくると駅までヒロシを送って一緒に登校しました。二年間は付き添って登校しました。やがてバスに乗れるようになり、もっと自信をつけようと、自転車乗りの練習を、お父さんの応援でやりました。汗を流し、涙を流して、何度も転びながら、やっと乗れるようになったときは大喜びでした。人の何倍かかっても、努力して目的達成してほしいという願いが本人にも通じ、たいへん喜んでいました。五年になって、地域の小学校に転校しました。幸い先生、級友の応援で小学校を卒業し、中学校でも元気に登校しています。」
 サトシとヒロシの間に友情が芽生えた。二人はいつも一緒に行動し、サトシがヒロシをカバーした。二人は生活ノートを書き始めた。ヒロシの書く文字は大きく、ぶるぶると震えていた。
 「今日は、やすみやから、どっかいこかなって、あたまのなかで考えていました。けど、いえでひとりボールのうけあいしました。あいてがおらんから空になげて、あそびました。」
 サトシの生活ノートには、いつも野球のことが書いてあり、ヒロシへの友情がにじみでていた。サトシのお父さんは、近所の子どもたちを集めて野球チームをつくり、サトシも入っていた。
 「さっそくれんしゅうをやります。ごはんにベーコン、たまごを入れて、たべました。そのつぎは、なっとうでたべて、それでファイトをもやしてがんばってきたいと思います。十二日は大会で、ヒロシ君のたんじょうびなので、もしかゆうしょうしたら、ぜったいヒロシ君にノートをあげて、ホームランボールをあげます。ヒロシ君のために一ぱつ ホームランを打ちます。」
 ある日の土曜の午後、運動場の真ん中に白いものが動いていた。よく見るとニワトリだ。近づいてみると、うずくまったニワトリは半分腰が抜けていて、羽根は糞で汚れている。とさかがあるから、オンドリだ。おまえ、どこから来たんだ?
 職員室に持って帰って、隣の小学校に電話した。
 「ニワトリを飼育していますか? 逃げてはいませんか?」
 「ニワトリ? 子どもたちで飼育していますけど逃げてはいませんよ。」
 じゃあ、どこから来たんや? しかたなく弱ったニワトリをダンボール箱に入れて、家に持って帰ることにした。箱を抱え電車に乗り、他の乗客に悟られないように気を使った。駅から家まで歩いて持って帰り、とりあえずお前はここにおれよ、と庭に放した。庭には小さな畑があり、ほうれん草が背丈十センチばかりに育っている。腰のぬけたニワトリは庭にうずくまったままだった。水を入れた容器を置き、ご飯の残りを置いて、様子を見ることにした。二、三日して、ニワトリは少し食べるようになった。気がつくと、庭のほうれん草の葉っぱが少なくなっている。どうも食べているらしい。無農薬のほうれん草の威力は強烈だった。一週間ほどして、ニワトリは立ち上がって庭を歩くようになった。白い羽根につやが戻っている。
 朝早く、まだ寝床にいた時だった。突然けたたましい声が外で響いた。ニワトリが時を告げている。ひやーっ、元気になったぞ、よみがえったぞ。
 じゃが、毎朝この調子で時を告げられたんでは、近所迷惑になりそうだ。
 ニワトリはしきりに鳴いている。しかたがないな。ぼくはダンボール箱にニワトリを入れてまたまた学校へ持って帰ることにした。朝の通勤列車は満員のぎゅう詰めだ。そんなところへダンボールを抱えて入り込めるかな。箱を胸に抱えて乗りこんだ。このなかで鳴かれたら困るなあ。鳴くなよ。幸いニワトリも神妙にしていた。
 無事学校に着いて、朝のホームルームにニワトリを持って行った。
 「わあ、ニワトリやあ。」
 大騒ぎだ。いきさつを話し、みんなにアイデアを聞くことにした。
 「このトリどうしたらいいと思う?」
 「トリ小屋作って飼おうで。」
 アベチンが乗ってきた。
 「しかしこれは他のクラスにも他の先生にも秘密やで。内証や。」
 他のクラスの生徒にも先生にも、知られたらあかん。誰にも気づかれないところはないか。
 「体育館の裏の隅がいい。」
 「うん、そこへは誰も来ん。」
 「そこにトリ小屋をつくって、みんなで飼おう。」
 これで決定した。体育館の裏なら誰も来ない。ちょうど新しい校舎の増築が校内の一部で始まっていて、工事の車が体育館の横の裏門から出入りしている。秘密計画は進行した。阿部チンに、明秀らワンパク五人組が、レンガや木切れを拾ってきて、トリ小屋を作った。屋根にはさびたトタンの切れ端が乗った。サトシもヒロシも秘密メンバーだ。
 昼休み、生徒は弁当の一部を持っていってトリにやる。家から食べ残しを持ってくるものがいる。ヒロシは店の野菜の売れ残りを持ってきた。トリは猛烈な食欲だ。何でも食べてしまう。ヤンチャの結束は固い。秘密は厳重に守られた。気になるのは、ときどき、コケコッコーとちょっとかすれた声で鳴くことで、この声を他のクラスの子に聞かれないようにしなければならない。こうして半月ほど無事に過ぎた。
 「せんせー、消えた―、おれへん。」
 ワンパクが職員室に飛んできた。こつぜんとトリが消えていた。小屋の一部が壊れている。ブロック塀の壊れたところから誰かが入って盗んでいったかもしれん、工事をしている人が持って行って、焼き鳥にして食ったんとちゃうか、みんなで学校中を探した。裏門から出て外の道路を探した。逃げたのか、盗られたのか、襲われたのか。壊れかけたトリ小屋を残したままなぞの白いニワトリは忽然と消え、事件は未解決のまま残った。