イーさんの「全句集」を読んでいて、青春時代の俳句と晩年近くの俳句と、変化しているのを感じるけれども、イーさんの俳句の芯は変わらず、感性変わらず。
おれも揚羽(あげは)この世へちょっと止まりに来て
灯蛾(ひが)よ俺死ぬときたぶん左向き
陽の風に靡(なび)く樟若葉死が近し
深夜の骨俺はここ汝はむこうから噛む
婚ちかき子よ氷菓は食べるものですよ
風すさぶ日は一人より二人がよし
明日ありや湯ぶねにて聞く冬の雨
高校から大学の時代に彼がつくった俳句は60年たった今も、ぼくの心に残っている。残り続けるということは理屈ではない。文学的にどうのこうのということではない。それらが自然にぼくの心に生き続けているのだ。それを文学という、となればそういうことだ。
雁一つまよへり北へ首つき出し
毬(まり)つきの祈りのごとくなりゆきし
少女よ君の衣の草の実を吾にとらせよ
羽子(はね)をつく屋根より下は昏れてをり
哀歓にふれては毛糸編まれけり
更けし病舎のどこかで甘藷をふかしをり
どこへ行くにも冬日まとへり看護婦は