吉野せい「鉛(なまり)の旅」 <3>

 

  母は会津若松で下車し、一晩その近くの宿に泊まった。

 翌日、母は兵営に向かった。練兵場に着くと、銃剣を持った歩哨に頭を下げ、息子の名と所属を告げて面会を頼んだ。母を見た歩哨の顔は、鉛の面型に変わった。軍律というものの非人間性、そこには一言も話せる人間はいないのか。

    「私は絶望に沈みながらも、一歩も立ち去る気はしなかった。その時、厩舎(馬小屋)の方から、一人の兵が駆けてくるのが見えた。母は息子の名を告げ、『母が来ていることを告げてください』 と頼んだ。農民出身らしいその若い兵は、うなずいて引き返すと、夢にも忘れぬ息子が姿を現わした。息子は歩哨の前に直立して、母との面会を頼んだ。

    私は、うつむいた罪人のような息子の哀れな姿を見て

いるだけだった。

    練兵場から集合ラッパが鳴り響いた。息子は右手を上げて私に合図し、脱兎のごとく土堤の陰の建物に姿を消した。私は芝草をつかんでしゃがみ、土堤を見上げると、息子の、星のようなきらきらした眼がこちらを見降ろしていた。

    『大丈夫かあ、ツトム!』

    私は抱えていた包みを練兵場内に投げ上げた。それを受け止めたツトムは、

    『心配ねえ、母ちゃん。気いつけて帰りなよ』

    そう叫ぶと、ポケットから煙草を三つ、ころころと土堤を転げ落と

した。それは兵隊たちに支給される粗末な煙草の白い箱だった。

  『オレは大丈夫だから』

   息子の声に見上げると、もうそこには姿はなかった。