刈田に立った男が演説


 畑へ行こうと、作業着に着替えていると、天から声が聞こえてきた。スピーカーから出る声は、選挙の宣伝カーだ。今ちょうど、市議会議員と市長と、国会議員の、三つの選挙運動が重なっている。村はずれのこの辺りにも、市議会議員候補者の車が時々やって来るが、どれもパターン化した言葉の羅列で、名前だけ知らせるが中身は何もない。「よろしくお願いします」ばかり。全国どこも、何年たっても、この手の宣伝カーがまかりとおっている日本。政治も停滞して当たり前だと思っていたときに、演説が降ってきた。
 あの声は? 聞こえてくる声は聞き覚えのある彼の声だ。演説には内容がある。どこから聞こえてくるのかなと、北の窓からのぞいてみると、100メートルほど向こう、稲刈りの終わった田んぼの真ん中に男が立っている。
 おう、やっぱりボー君じゃあ。
 ボー君は両足を広げ、マイクを右手に持って、こちらの方に体を向けている。白馬連峰を背にし、刈田をステージにして堂々の姿だ。彼は自分の想い、政治にかける考えを話している。我が家の隣の並びは五軒しかない。たったの五軒に、ボーは話す。それぞれの家に人はいるのかどうかも分からない。
 宣伝カーは道路に止めてある。車の周りに三人の若い人たちが同じ色のユニフォームを着て立っている。
 ぼくは作業タオルを頭に巻いて外に出ると、向こうからもこちらの姿が見える位置に立って演説を聞いた。演説を終えたボー君は田んぼから車にもどる。ぼくは、パチパチパチ拍手をした。すると、ボー君とサポーターの若者がこちらへ向かってダッシュしてきた。おじいちゃんが拍手してくれたぞ、握手しようぜ。
 ボー君、若いなあ。
 目の眼まで来たボー君、ぼくをみてびっくり、
「あれー、道昌さんじゃあ。」
 ずっこけながら握手してきた。
「ここ、道昌さんの家だったかあ。」
 みんなで大笑い。
 相手が少人数でも、自分の政治への想いを、彼は語る。名前の連呼はしない。駅前で街頭で、田んぼの中で、政治の課題を、現実を、未来を、彼は語ってきた。市議会議員二期目への立候補。
 ボー君、選挙活動も楽しんでやっているなあ。