会話


「この前、どっかへ出かけておられました?」
「いつ?」
「日曜日は日本語教室からの帰り、月曜日はコーラスからの帰り、夜の九時ごろ。」
「どこかへ行ってたかねえ。どこだろ。」
「わたしが帰ってきたら、電気が消えて、真っ暗だった。」
「ああそうそう、息子の所へ行ってましたあ。」
「よかった。何かあったんかなあと心配してた。家の前通るたびに、元気かなあと見ていくんです。」
「そうかね、そうかね。ありがとさんね。」
「ご主人亡くなられて、ひとりじゃ寂しいもんね。灯りが点いていないと、どうしたんかなあと。」
「ほんとにね。寂しいよ。」
「コーラスに入りませんか。歌をいっしょに歌いませんか。」
「わたし、声が出ないよ。若いころはよく歌っていたけどね。」
「声出なくても、歌うのがいいんですよ。みんなそんなに声が出るわけでもないですよ。声を出すことで、体が元気になるの。」
「でもね。ほんとに声が出ない。」
「歌っていると声も出るようになりますよ。初めから声が出るからコーラスに入ったというわけではないですよ。」
「以前も誘われことありましたけれど。」
「一月に二回、夜の七時半から九時まで、歌っていますよ。みんな歌は素人ですよ。」
「やっぱり声が出ない。会話もすることがないからね。」
「だからコーラスに来ると、体が活性化すると思いますよ。脳の働きも、よくなりますよ。」
「脳にいいかもしれないね。」
「今コーラスに来る人は十五人ほどですよ。昔は日本でも、生活の中に、歌うことがあったんだけどね。暮らしの中で歌うことが無くなってしまったね。」
「でも、わたし年ですよ。」
「わたしも年ですよ。八十になっても、何歳になっても、歌うことですよ。歌えば若くなります。いつも一人でいるかあら、みんなで集うことが大事なんです。体の調子が良くないときは休んだらいいですよ。考えてみませんか。」
「そうですね。考えてみます。先日ね、主人の教え子たちが来てくれて、お墓参りしてくれたの。裏庭にあるお墓の前で、教え子たちが『ふるさと』を歌ってくれたの。私もいっしょに歌ったんだけど、声があまり出なかった。」
「そう、よかったねえ。教え子がねえ。いいねえ。
 ぜひ、コーラス、考えてくださいね。」
 ご主人亡くなられて、二か月が過ぎた。