行方不明

「行方不明者のお知らせです。今朝○○地区の男性が行方不明になっています。」
男性は家を出て、帰ってこないと家族から届けがあったこと、年は70代、身長は165センチ、服装は紺色のジャージを着ている、少し前かがみで歩く、などと当人の特徴が述べられ、
「見かけた人は警察か市役所に連絡してください」
と市の防災無線の放送が夜の8時ごろにあった。ときどきこういう放送が入る。無線機は居間の壁に取り付けてある。日常的には朝夕定時のお知らせ放送が短時間あり、女性アナウンサーの声が聞こえてくるが、緊急のときは臨時放送が送られてくる。そのときの声はだいたい男性である。防災無線のシステムは全市のすべての家につながれているようだ。人間の行方不明だけでなく、たまに迷い犬を保護したとか、猿が市内に入り込んだとか、熊の目撃があったとか、そんな放送もある。日常の定時の放送は自動的に入ってきて、毎日聞いていると少し耳にわずらわしく感じられるものだから、我が家では無線機の音量はいつも最低にしてある。
行方不明者の放送があって翌日、
「行方不明者が見つかりました」
という放送があった。詳しいことは分からない。どなたなのか、どこで一晩過ごしたのか、認知症だったのか、分からない。寒くなってきているから、見つかってよかったね、と思う。
おじいさんや、おばあさんが、夕方帰ってこないとなると、家族の心配は尋常ではない。ときどきご近所でいっぱい飲んでくるような付き合いのある元気な人なら、心配あるまいと、安心していられるが、徘徊の症状がある人が帰ってこないとなったら不安このうえない。村の道は闇に包まれ、田畑や水路が取り囲んでいる。
昔もそういうことがあっただろう。とうとう帰ってこなかった、発見もされなかった、と。
遠野物語神隠しの話は女や子どもの行方不明だった。サムトの婆の話は印象的だ。
年老いて、自らの意思で身を隠した人もいただろう。自分自身の意思で世間を捨てて隠者になった人、「姨捨(おばすて)を実行した人もいた。


    さようなら    
           まどみちお

  子どもよ、あの赤い夕陽は、一日が「さようなら」って言ってるのだ。
  子どもよ、今落ちた木の葉の、あのしずかな音も、やはりあの木の葉の「さようなら」だ。
  子どもよ、お前の持っている鉛筆でさえ短くなるたびに、「さようなら」「さようなら」って書いている。
  ああ、子どもよ、耳をすましてみると、なにもかにもみんながみんな、「さようなら」「さようなら」って言ってるではないか。