御高齢のお二人、空を見上げて何やら話をしておられる。
老婦人二人が空を見上げて熱心に話をしている光景なんて、不思議な新鮮さがあった。
何があるんですか?
聞いてみたら、
二人は生垣の向こう側に立ったまま電線に止まっている小鳥を見上げ、
「あの鳥がね、夕方になるとこっちへ入ってくるんだけど、今日は入ってこないの。」
と、一羽止まっている小鳥のことを話し出した。
宮田さんとマーばあちゃん、二人とも一人暮らしをしている。
宮田さんは、隣家のマーばあちゃんの愛犬マミの散歩に近所から毎日やってくる。
80歳過ぎたマーばあちゃんは、もうマミの散歩ができない。何度か引っぱられて転んでけがもしている。
今度転んで、骨折でもしたら、寝たきりになりかねない。
だからマミの散歩は宮田さんにやってもらっている。
宮田さんは、マーばあちゃんよりずっと若い。マミの散歩では時には走ったりもするぐらい元気だ。
宮田さんによると、小鳥は夕方になるとマーばあちゃんの家の庭の樹に入り込んでくる。
たぶん巣があるんじゃないの、とぼくが言う。
そうかねえ、今日は、この時間になっても中へ入らないんでねえ、どうしてだろう。
こういう疑問を感じるお二人に、愉快な気分が湧いてくる。
もう時刻は6時半を回っている。
晩御飯の支度しなくてもいいのかな。
宮田さんは、小鳥の頭はどんな色で、ほっぺがどんな色で、背中がどうで、と観察した特徴を言い、
いままで見たことが無い鳥だという。
その鳥、このごろ、きれいな声でマーばあちゃんの家の辺りでさえずっている鳥かな。
あのきれいな歌声は、何の鳥だろうね、と我が家でも洋子と話題にしていた。
ぼくは電線を見上げてよく見ようとしたが、特徴をとらえることがなかなかできない。
ほっぺの白いのは見えた。
小鳥の本を開いて調べてみた。
もう65年も前に出版されて、今まで大切に持ち続けている『カラー 日本の野鳥』(山と渓谷社)の写真と説明を見た。
それらしき写真と説明のなかから特定するのは難しい。
写真と本物とはずれている。
これかなと思ったのは「ホオジロ」だった。
その説明文が楽しい。
「春になると、ホオジロは小松や小杉などの頂きで、チョン、チョン、ピーツツ、チョン、チュリー、チョンとさえずり始め、
昔の人はこのさえずりを、「一筆啓上つかまつり候」として覚えた。
しかし、今では候文は用いられないので、むしろ「源平つつじ、白つつじ」とおぼえたほうがたやすい。
信州の安曇野では、5月ごろ蝶ガ岳の左肩の稜線近くに胡蝶形の残雪が現れるころになると、村々の雑木林では春を告げるホオジロのさえずりが早朝より聞こえ、春の眠りを誘うかのようである。」
宮田さんは見たことのない小鳥だと言った。
ホオジロではないかもしれない。
離れたところにいる小さな鳥だから色の判断ができにくい。
他の鳥だとすると何だろう、本の写真と説明をまた眺めていった。
蝶ガ岳の雪形、そうか今年はどうだったか、よく見ていなかった。
爺ガ岳の種まき爺さんの雪形も、話題になる時期が過ぎて、いまはもう夏の到来だ。