『朝日ジャーナル』臨時号


 安曇野の古い民家



1992年に廃刊になったはずの『朝日ジャーナル』の臨時号が突然出版されたのを知って、
これは読んでみたいと思った。
本屋に行ってたずねると、店員の女の子は、はじめて名前を聞いたようなけげんな表情。
そこでどういう雑誌かを説明したら、レジのコンピュータで調べて、売りきれましたと言う。
しかたがない、新聞販売店に頼むか。
朝、配達のおじさんに依頼したら、その日の昼に、
店主がわざわざ家まで車で来てくれた。
「戦後、時代を切り、オピニオンの牽引をした週刊誌ですよ。
それが廃刊になったのは1990年前半でしたかな。
今の危機の時代に、臨時で発行されたんですが。」
そう言うと、店主もよく知らなかったらしい。
さっそく新聞社から本を取り寄せて持ってきてくれた。


朝日ジャーナル』は、1959年から1992年まで発行されて、休刊になった。
ぼくは毎週それを購読し、刺激も受けた。
バックナンバーのほとんどがそろっていたから、
古新聞と一緒に古紙再生に出すのも惜しく、
一つの時代の記録として残していたものの、
かの村に入る折に処分しようと考え、住んでいた町に新しくできた大学の図書館に寄贈の問い合わせしてみたら、
いらないと言う。
処分ができないまま、移住する村に他の書物とともにもっていったのだが、村で必要なのは桃の実にかぶせる紙袋、
たぶんその運命をたどってしまっただろう。


朝日ジャーナル』の「創刊50年、怒りの復活」号は、
崩壊寸前の「日本型社会システム」がテーマだった。
この時代、この世界、この日本は、どこへ行くのだろう。
学者、評論家が多数執筆している。


いま、週刊誌、月刊誌がつぎつぎ廃刊になっている。
購読数が少なくなり、廃刊に追い込まれて。
それにもかかわらず復活するのか、今回限りの臨時号なのか、
週刊朝日』の増刊号ではあるが、
朝日ジャーナル』の名で出たことは珍しいことだった。



見田宗介社会学者)の論から始まっている。
見田は論を次のように結んでいる。
現代社会はどこに向かうのか」。
「かつて『文明』の始動の時に世界の『無限』という真実に戦慄した人間は今、
この歴史の高度成長の成就の時に、
もういちど世界の『有限』という真実の前に戦慄する。
人間の生きることのできる空間も時間も有限である。
今人間はもういちど世界の『有限』という真実にたじろぐことなく立ち向かい、
新しい局面を生きる思想とシステムを構築してゆかねばならない。
幾千年かの間、人間が希求し願望した究極のビジョン、『天国』や『極楽』のイメージは、
歴史のない世界、永劫に回帰する時間を享受する世界である。
『天国』や『極楽』という幻想が実現するということはない。
『天国』や『極楽』という幻想に仮託して希求する、
<持続する現在>の生の輝きを享受する世界の実現は、
健康な生の条件を万人に保障する科学技術の展開と、
他者たちや多種の生命たちとの自由な交響を解き放つ社会の思想とシステムの構築と、
なによりも<存在すること>の奇跡と輝きを感受する力の解放という、
幾層もの困難な現実的な課題の克服をわれわれに要請している。
この新しい戦慄と畏怖と苦悩と歓喜に充ちた困難な過渡期の転回を共に生きる経験が『現代』なのである。」


今はひとつの重大な過渡期であろう。
このような時代をもたらしたのは、いったいだれなのか、
その原因に政治の貧困と独断、偏向があったであろうが、
そういう政治と文明を歓迎してきたのは、「国民」・有権者ではなかったか、
斎藤貴男


討論記事は、互いの論によって触発され、引き出されていけば、思考は深まりあっていくが、
表現が当事者に通じる言葉で語り合うせいか、
読者に通じる言葉になっていないように思う。
大衆に通じる言葉で、
理想を、思想を、社会を、システムを論じ合う。


政策、制度、思想の陥没が激化した現代、
もっともっと論じ合うことが必要だと思う。
ひとつの臨時号が投げかけるものの効果、
そのことからも時代を掘り返していくことがきる。