安曇野地球宿


       柿渋染めのタペストリーを飾る
         

望三郎君の地球宿オープンのお祝いに、洋子は柿渋染めのタペストリーを贈ろうと、
どんな図案にするかの思案から始まって制作していたのが完成し、
日曜日、地球宿に持っていった。
縦170、横110センチの布を柿渋で染めたタペストリーは、
桜花舞う樹の下に布袋様が袋を横に置いて座っている絵柄。
布袋は弥勒の化身とも言われ、日本では七福神の一人。
弥勒菩薩は、お釈迦様の入滅後、56億7千万年後にこの世に現れ、釈迦が救うことの出来なかった、全ての人を救うと言われている。
地球が生まれて46億年、人類が誕生して500万年。
56億年先とは、気の遠くなる想像も出来ない未来だ。
人類どころか、はたして地球は存在しているか。

 


田舎家を借りてはじめた地球宿、望三郎君は夢を語り、それに呼応して地域の仲間や各地から話を聞いて集まってきた人たちが、
宿づくり合宿などのイベントを交え、修理・リフォームしてきた結果が、心の落ち着くアットホームな宿となって実現した。
まだまだこれから手を入れなければならないことは山ほどある未完の農家。
未完だから楽しみでもある。
未完だから人が集まり、自分なりの手を入れる。


賢治は言った。
「われらに要るものは銀河を包む透明な意志、巨きな力と熱である‥‥
われらの前途は輝きながら峻険である
峻険のその度ごとに四次芸術は巨大と深さとを加へる
詩人は苦痛をも享楽する
永久の未完成はこれ完成である」


望三郎君は、今は週末以外は派遣社員として働き、土日は農作業に汗を流している。
宿泊に訪れる人は、ほぼ絶えることはない。
その食事を作るのは妻の悦ちゃんで、この秋20人ものリンゴ狩りの家族グループを受け入れたときは、
望三郎君夫婦と、子どもの風ちゃんと光ちゃん一緒に、にわか大家族が出現して食卓を囲んだ。
今日は近所のお母さんが集まり、子どもたちが6、7人、家の中で遊んでいる。
子ども天国だ。


玄関を入った板の間の居間に、この秋、望君は薪ストーブを入れた。
薪が燃えて暖かい。
養蚕に使っていた2階の中央の天井を取り払って梁を露出させ、吹き抜けにした空間を、
薪ストーブの黒い煙突がまっすぐ立ち上がり、屋根を貫いて冬空に煙を出している。
そのすぐ横に、布袋と桜のタペストリーは吊り下げられた。
玄関を入って、居間に上がると、正面に福の神が笑っておられる。

 


夜になると、蛍光灯ではない、昔ながらの白熱灯の暖かい光が居間を照らし、
そこに、安曇野に移住してきた、これから牧場で働く将人君一家と、山梨で木材製材の業に就いている康嗣君の夫婦が、
食卓を囲んでいた。
にぎやかな、にぎやかな夕食だった。