大阪の人情


      おばちゃん


淀川べりから、あたりを探してみたが、
どこにも喫茶店が見当たらず、
見つけた一軒はお休み、
桜ノ宮の駅前に、やっと小さな喫茶店を見つけた。
なんとまあ、コーヒーが200円、と書いてある。
入ったら、おばちゃんが一人カウンターの中にいて、
笑顔で迎えてくれた。
客が一列カウンターに座ることができるほどの、
ウナギの寝床のような細長い店。
おばちゃんの後ろにラジオが置いてあり、なにやらがちゃがちゃしゃべっている。
モーニング 400円、と書いてあるから、朝の利用客で結構はやるのだろう。
客が別に二人いて、おばちゃんと、カウンター越しにおしゃべりしている。
来年定年退職を迎える教え子の家はその近くにあり、
ぼくが駅から出てきて、お話をして、すぐまた電車に乗って行くには、
駅前の店が便利だから、
電話をかけて、そこに来てもらい、一時間ほど話をしたのだった。
時間が来て、勘定の二人分四百円を払おうと、
百円硬貨をおばちゃんに渡していると、
その間に、二人の客がやはり五百円玉をカウンターに置いて出ていった。
おばちゃんは、ぼくに百円玉をお釣りに渡すと、
あわてて店を飛び出した。
前の客のお釣りを渡していないということなのだろう。
おばちゃんは、まだ後姿の見える客を追いかけていって、百円玉を渡している。
ぼくらも、店を出たところだったから、
店内は空っぽの状態になった。
「おばちゃん、店番、だれもおれへんで。」
笑いながら小走りで、おばちゃんは帰ってきた。
ぼくらも店を離れた。
駅の切符売り場まで来たとき、
おばちゃんが、また追いかけてきた。
「ハンカチ、ハンカチ」
教え子が、額の汗を拭いていたハンカチを、カウンターに忘れてきたのだった。
おばちゃん、たぶんもう60歳は過ぎている。
大阪では、70歳になっても「おばちゃん」だ。


教え子と、改札口で別れた。


ここにこの人がいて、このおばちゃんと話を交わして、元気になっていく人もいる、
そういう存在の人が、
あちこちにいる。