自分という人間


     自分の中に


自分の中に、善と悪がある。
自分の中に、やさしさと冷淡さがある。
自分の中に、革新と保守がある。
自分の中に、勇気と臆病がある。
自分の中に、寛容と狭量がある。


自分の中に、理想主義と現実主義がある。
自分の中に、傲慢と卑下がある。
自分の中に、明るさと暗さがある。
自分の中に、従順と反骨がある。
自分の中に、賢明と暗愚がある。


自分の中に、権力性と反権力性がある。
自分の中に、穏健と横暴がある。
自分の中に、頑固と柔軟がある。
自分の中に、人付き合いのよさと、人付き合いの悪さがある。
自分の中に、楽観と悲観がある。
自分の中に、希望と諦観がある。


同じからだの中に、
反するもの、異なるものが同居している。


日本に生まれて、日本人になり、
中国に生まれて、中国人になり、
ノルウェーに生まれて、ノルウェー人になり、
インドに生まれて、インド人になり、
キューバに生まれて、キューバ人になった。


その家に生まれたから、
その土地に住んだから、
その学校に入学したから、
そのクラスに入ったから、
そのサークルで活動したから、
その先生に教えられたから、
その職場に勤めたから、
その人が友だちになったから、
その時代に生まれたから、
その国に生まれたから、
自分の中の、一つの自分が生まれた。


その運動に参加して、彼はその運動を是とした。
ボスを支持する村のなかで、彼はその党の支持者となった。
企業の仕事人間となって、彼は営利主義に邁進した。


戦時の日本、軍国青年となり、
敗戦後、平和憲法のもとで、彼は非戦主義者となった。


一人の人間の中に、
反する考えがある。
異なる感情がある。
対立する考えがある。


あのときの自分を、ぼくは静かに振り返る。
自分の通過してきた、善と悪とを見つめている。