憲法九条を世界遺産に


       日本国憲法のルーツ


憲法九条を世界遺産に」(太田光中沢新一  集英社新書)を読んだ。
憲法世界遺産に、という発想が鮮烈で、
これは読まねばならないと、出版された夏以後、思っていた。
太田光中沢新一の対談で構成されている著は、「爆笑コンビ」の一人、お笑い芸人の太田光が、人類学者・中沢とがっぷり四つに組んで論を展開している。


日本国憲法の誕生は、まさに世界の奇跡と言ってもよい。
奇跡と言えるのは何故?
その論の展開が、天馬空を行く。


奇跡と言える理由の中に、憲法のルーツがある。
意外や意外、イロコイ連邦が出てきた。
なるほど、とうなずけて、さわやかな論だった。


八年前、ぼくに、ある情報が入っていた。


紀伊山地に住む、ぼくの友人、美杉の山の「そまびと」から聞いた話。
彼の娘、みどりは沖縄・石垣島に住んでいる。
八年前、沖縄のミュージシャン喜納昌吉は、
「白船」計画を立てた。
NGO「すべての武器を楽器に ピースメ―カーズネットワーク」は、
江戸幕府末期に浦賀にやってきたアメリカの総督、ペリーの黒船が文明開化を日本にもたらしたのに対して、
今度は日本から平和の「白船」を出して、イロコイ連邦と国連本部を訪問し、
平和の開花をもたらそうというものだった。
みどりは、石垣島から、その計画に参加した。
計画は、浦賀まで沖縄から陸路、マラソンをつないでいき、浦賀で乗船してアメリカに渡る。そして、イロコイ連邦を尋ねる。


いったい、イロコイ連邦とは何のか、それを知ったのはその時だった。


イロコイ連邦は、オンタリオ湖の南、六つの部族からなる国で、
一つの独立した国として存在する。
1000年前、大陸の部族間には戦争が絶えなかった。
あるとき、一人の賢い部族長が現れ、各部族の武器を集めて、大きな穴を掘って埋め、
そこに「大いなる平和の木」を植えた。
部族長たちは、「この木を讃える不戦の盟約」を交わし、連邦を結成した。
対立を戦争で解決するのはやめよう、それが共通意志となった。
「平和の連邦」は、盟約を交わした六つの部族によって構成された。
イロコイ連邦は、直接民主主義をとっている。
だれでも集会に参加できる。
討論は、三手にわかれ、まず二派で討論する。
残る一派は、討論を見守り、レフリー役をする。
二派が一致した場合は、レフリー役の一派は、それに従う。
対立したまま結論が出ないときは、レフリー役の一派が結論を決める。
いつも三派のなかの二派以上の賛同が得られるように、討論が工夫されていた。


日本国憲法世界遺産に」のなかで、中沢がこう書いている。


アメリカの五大湖からニューヨーク州のあたりにかけて、かつてイロコイ族という巨大部族が住んでいました。
イロコイ族は、いろいろな小さい部族で成り立っていて、十一世紀頃は、部族どうし血で血を洗うような戦いが続いていた。
その乱世に平和の道を説く人びとが現れて、長いときを経て部族を統合するイロコイ連邦をつくります。
いわゆる平和同盟です。
そして、部族のリーダーたちが集まるイロコイ長老会議で、永久に平和を維持していこうという「イロコイ連邦憲章」が生まれる。
このアメリカ先住民たちがつくった「イロコイ連邦憲章」の精神の中には、日本国憲法にそっくりなところがいくつもあります。
アメリカの建国を担った人々は、ヨーロッパの自由思想であるフリーメーソンの影響を受けていますが、
これと、アメリカ先住民のイロコイ同盟の考え方が結びついたところにアメリカの建国精神が形成されてきた。
つまり、アメリカの建国の精神じたいが、そもそもアジア系の先住民の思想との合作であったわけです。


中沢のこの主張は、「日本国憲法アメリカの押しつけだ」として、改憲しろという主張の浅薄さをえぐりだしている。
日本国憲法の平和思想には、アメリカ建国思想が反映しているが、そこには日本に理想を託そうとしたアメリカの夢がある。
さらに、その理想は、アメリカだけのものではなく、長い歴史の中での環太平洋の諸民族の共通の平和の考えが含まれている。


そして中沢はこう言う。


日本国憲法の精神の底流を流れているものは、もっと大きな人類的な思想の流れなんだ。


太田光は、こんなことを言っている。
憲法九条は、ある意味、人間の限界を超える挑戦でしょう。
たぶん、人間の限界は九条の下にあるのかもしれない。
それでも挑戦していく意味はあるんじゃないか。
世界中が、この平和憲法を持てば、一歩進んだ人間になる可能性もある。


中沢新一の結論。
世界のどの国の憲法にもない、わが憲法のみが、その心臓部に、ほかのどの憲法にも見いだされない、尋常ならざる原理をセットしている。
その原理というのは、
女性のからだは、自分の身体のうちに自分とは異なる生命体が発生したとき、異物に対して敏感に反応する免疫機構を部分的に解除して、その異物をいつくしみ育て、新しい生命を誕生させる、
そういう、女性の生む能力がしめす生命の「思想」と、
かつて人間と動物は兄弟同士だったと語ることによって、お互いの間に発生してしまったコミュニケーションの遮断と敵対関係を思考によって乗り越えようとする神話の思考、すなわち深エコロジー的「思想」でる。
日本国憲法が「世界遺産」に推薦されてしかるべき理由はそこにある。


ところで、始めに書いた、沖縄・石垣島のみどりは、どうなったか。
みどりは、全行程ではなかったが、浦賀まで走ったらしい。
ところが、浦賀からの「白船」はアメリカの都合で、出航できなかった。
一行は、飛行機でとび、アメリカ大陸を横断し、イロコイ連邦と国連本部を訪ねた。
国連本部では、「すべての武器を楽器に」にかえる署名とメッセージの授与式を行い、沖縄民舞エイサーを踊った。


みどりの親、「そまびと」夫妻は、たくましい娘のエイサーを踊る写真を、誇らしげに見せてくれた。
現代日本にも、すごい若者がたくさんいる。