森羅万象の中へ


       森羅万象の中へ


五年前、移り住んだこの家は、壁が崩れ、床が抜け、雨も漏る家だった。
夏は蚊が襲い、冬は隙間風が吹いて、暖房の灯油ストーブも効果なく、しんしんと冷えた。
初めての夏、納屋を作り、井戸小屋を建て、
下がってきている鴨居を車のジャッキで押し上げて新しい柱を入れる、
いくつかの大切な作業に、噴き出す汗をぬぐってくれたSさんが、
数日前、小包を送ってきた。
「借りていた書物をお返しするのがすっかり遅くなりました。
『森羅万象の中へ』を最初に読ませていただいたときには、
自分がガンになるとはつゆ考えもせず、
あらためて読んでみると、圧倒的な迫力で三省さんの生きざまが迫ってくる感じがします。
とはいっても、ガンの世界では、ほんの初心者である自分としては、実感として、
三省さんの思考を追体験するというところにまだ達しておりません。
自分の今の状態では無理なく治療できるといううちは、それを試みることにして、
いずれ『いいとこ行けよ』という天の声が聞こえてきたら、
あがくことなくいいとこ行きたいもの、そう気楽に思っているのですが。」
Sさんは、小包のなかに、塩饅頭の一箱を入れてくれていた。
「思い描く心の中は、ふつふつと熱いものがたぎっておいででしょうが、
外はまだ冬で、身の凍える日もあると思います。
そのようなときは、熱いお茶と酒饅頭を一口食べて、ぬくもっていただきたいと存じます。」


『森羅万象の中へ』は、屋久島に住んでいた詩人、山尾三省の晩年の著作、
彼は先年、ガンで亡くなった。
Sさんは、五月に放射線小線源照射治療をうけることになっている。
ぼくの読む前にSさんが持って帰っていたこの本を、昨日と今日、読んだ。

本の最後のほうに、屋久島で演奏活動をしているビッグストーンというバンドのことが書いてある。
ビッグストーンが出したアルバム「晴耕雨読」のなかに、
「二十世紀に生きた人間たち」(長井三郎・詩、本村忠寛・曲)という曲があり、
三省は、その歌詞を掲載していた。


     二十世紀に生きた人間たち


 今私たちの生きているこの時代が
 やがて「過去」と呼ばれる時
 私たちは未来のあなたたちから
 何と呼ばれるのだろう


 地球をこんなに駄目にしたのは
 二十世紀を生きたあの人たちです


 山を滅ぼし 川を滅ぼし
 海を滅ぼし 空を滅ぼし
 私たちに大きな重荷を背負わせた
 二十世紀に生きた人間たち


 今私たちの生きているこの時代が
 やがて「未来」になるのだから
 私たちは自分で自分の首を
 締め続けてるのだろう


 未来をそんなに駄目にしたのは
 二十世紀に生きた私たちです


 便利さのために 快適さのために
 欲望のために 人間のために
 地球に大きな重荷を背負わせた
 二十世紀に生きた人間たち

 (後略)


三省さんが感動したのは、歌い終わった後に、ささやくように付け加えられた一言だった。
「よかとこ行けよ」。
島ことばで呼びかけた、そのひとことは、亡くなった人を送り出すときの言葉。
三省さんは、島に群落を作るツワブキの花が好きだった。


われわれは、同じ銀河系からここに生まれ出、一瞬の生という輝きを放って、やがて銀河系に還っていく仲間である。
ツワブキは、花咲き、やがて散ることを少しも悲しむ様子がなく、今現在を美しく黄金色に咲き切っているが、人間のぼくは、たかだかこの個体が消え散っていくことを、このようにも執着し苦しんでいる。
まっすぐにツワブキに学び、ツワブキの道をそのままに歩いていくことが、本当は人間のなすべき一番大切なことだったのではないか。


  Sさんの送ってくれた塩饅頭、二人で熱いお茶を入れ、
  一日に一個、人の心ほどの甘さを味わっている。
  Sさんの快癒を祈りながら。