村野四郎「混む」




        混(こ)む

    いつだったか ドイツの
    ケストナーという詩人が
    ――地球はおびただしい水道をもつ
      文化的な星だ
    と書いたが 彼はいまや
    言い直さねばならないだろう
    ――地球はおびただしいゴキブリをもつ
      文化的な星だ と


    この遊星の季節は
    まったく彼らの増殖に適している
    温度も 湿度も
    文明も また
    腐った脂肪の臭いがする!


    ごらん 血管にびっしり寄生した
    あの虫たちの往還
    これでは リルケの薔薇も
    咲くはずがない


    かくして 遊星は貧血する
    それでも 昨日も今日も廻ってはいるが
    アトラスという力持ちは
    宇宙でいちばんの不幸者だと
    どこかの詩人が
    言ったか 言わなかったか 



 
 「アトラス」とは、ギリシャ神話で、地球の西端に立って天を支えている巨人のこと。アトラスは怪力の持ち主だったが、戦争に敗れ、罰として西の天を支えることになる。
 さて、この世はいかに。日本はいかに。 
 ひしめく人間たちは、これぞここぞと、経済を発展さ、おびただしい道路を作り、高速鉄道をはりめぐらし、何千億円もかけて競技場を建て、軍事力を高め、戦うしくみや、もうかるしくみを必死になって考え、文明発展につくしている。
 かくして力を誇示して戦いたい人間たちが政治権力をにぎる。


 いたるところで人間たちは戦う。敗れれば、また天の端を支える苦役が待っている。
 だがアトラスにはもう力はない。地球を支える力もない。