教材の力

michimasa19372008-12-13






小中高の学校で読んだ国語の教科書教材で、その後も心に残っているのはどんな教材だろうか。
ぼくは小学校で教えたことはないが、研究会で取り上げられた文学教材で印象にのこっているものに、
「ごんぎつね」とか「泣いた赤鬼」とかがあるけれど、
自分自身の遠い昔をふりかえると、小学校時代の国語の時間にならった作品は全く憶えていない。
むしろ家でむさぼり読んだ、「ああ無情」とか「岩窟王」「宝島」「三銃士」などの、
胸躍らせた名作の記憶は明瞭に残っている。


中学校で教えた教材で、卒業した後も生徒の心に残り続けている作品がある。
その教材をよく話題にした I 君は、成人して中学教師になった。
作品は、ガルシンの「信号」だった。
線路工夫のセミョーン・イワーノフと、ワシーリィ・ステパーニチ、二人の全く違った考え方と性格が際立っていて、それが異なる行動と生き方に結びついていく。
穏健なセミョーンに対してワシーリィは言う。
どうしてこのように我々は貧しく虐げられているのか。
この国の体制のなかにある原因、
権力に対しての怒りが反逆の炎となっていく。
保守と革新という図式で終わるのではなく、自分の中にも両者があり、その葛藤をも見つめていこうと考えた。
授業は、二人の考えと行動を分析しながら、ディベート風に討論する形式で進めた。
自分はセミョーンだろうか、それともワシーリィだろうか。
ほんとうに社会を変えるにはどうすることなのだろうか。
この作品は、I 君の生き方に影響を与えていったようだった。
魯迅の「故郷」も、生徒の心に残る作品である。
同窓会のとき、もういちど「故郷」の授業をやってほしい、と言われたときの印象は強く心に残っている。


人間の生き方に影響を与える作品は、そんなに多くはない。
これはいい作品だから、教科書のなかに残しておいてほしいと願っていても、時代とともに消されていく。
今の時代の子どもたちにふさわしい作品とは、どんな作品だろうか。
教科書だけに頼らず、教師がいいものを掘り起こし、自主教材として授業に活かしていかねばならないと思う。


中学時代に国語の授業で出会った、犬養道子の「人間の大地」が、その後の生き方につながっていった人がいる。
世界的な人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ東京センターの土井香苗さん。
弁護士になってアフガニスタンやイランの難民に向き合い、
そこから人権NGOの活動に入った。
犬養道子のアフリカ難民ルポを読んで感動したことが、その後の生き方になったのだった。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、地雷廃絶条約によってノーベル平和賞を受けている。
彼女は33歳。


 「人と人を、人と生を、人と大地を、人と食を、人と職を、引き裂き分裂させて、
難民を飢餓民をつくりつづける根本の悪もろともに、
いま、挑(いど)まねばならぬ。
 不気味にからみあいながら複雑怪奇な、さまざまな形をとる元凶たちをまず、
出来る限り、見つめ分析し、調査し思索し、
それらがつくりつづける分裂・破壊のなかに、
ほんのちょっとでも、『人と人、人と生、人と大地、人と食、人と職』のユニティの回復
――すなわち和解――を導きいれるにはどうしたらよいかを考える。」
          (犬養道子「和解と共存の未来へ」。「人間の大地」より) 


アフガン難民、カンボジア難民、エチオピア難民、ミャンマー難民‥‥のなかに入り、
犬養道子は「人間の大地」を1984年に上梓した。
その10年後、1994年、辺見庸の「もの食う人びと」が出版された。
これもまた人を動かす力を持つドキュメントである。
バングラデシュ難民キャンプ、フィリピン先住民族の村、クロアチアコソボソマリア、辺見は世界を飛び回る。
そのなかの「バナナ畑に星が降る」のなかから。



ウガンダの首都から奥地へ。海抜千三百メートルの農村地帯。
「人口八十三万人というマサカ地域で、もの食う人びとを見た。言葉をなくした。
 昨日も今日も村民がエイズで次々に倒れ、じつに十二万人の子どもが両親か片親をこの病で失っていたのだ。」



 「人間社会の正邪善悪の価値体系が、主として冷戦構造の崩落により割れちらばり、
私たちはいま大テーマのありかを見失っている。
現在のなにを描いても、浮きでてくるのは、
体系なき世界の過渡的な一現象にしか過ぎないのではないか。‥‥
 飽食の時代が、あたかもそのつけが回ってくるように、空腹の時代に転じるのは、
そう果てしなく遠い先のことでもないのではないか。
 きたるべき飢餓の日のために、わが愛するすべてのもの食う人びとに、この本を捧げる。」
                            (辺見庸「もの食う人びと」)


世界を知るための教材はいくらでもある。
世界を知り、日本を知る。自分を知る。