「卒業生と忘年会②」


    白いニワトリ


店に入ってきた顔が笑っている。
よっさん、覚えてる? 阿部やん。
おう、アベチンか、変わってないなあ。
よっさん、忘れてたら、帰ろと思うてたんやで。
忘れてなんかいるものか、変わってないな、ええ顔してるやん。
ええ顔してるやろ。よっさん、来るいうから来たんやで。
やんちゃくれのアベチンは学年がシンジよりも三つ下。
一年生のとき担任した子だ。
あのクラス、やんちゃがそろっていた。
秘密のニワトリ、飼うたこと覚えてるか。
あれは不思議な話よ。
ぼくは、アベチンがもう忘れかけている話をする。
冬の夕方、もう生徒がだれもいない時だった。
運動場の真ん中に白いものが動いていた、何だろう?
よく見るとニワトリだ、半分腰が抜けている。
どこから来たんだ?
職員室に持って帰って、隣の小学校に電話した。
ニワトリ逃げていませんか?
いやあ、ニワトリ、いますよ。
じゃあ、どこから?
ぼくは、しかたなくニワトリを段ボール箱に入れて、
家に持って帰ることにした。
箱を抱え電車に乗って、家に帰って庭に放した。
庭にはぼくが播いたほうれん草が生えている。
ニワトリは腰がぬけたまま、そのまま庭にいたが、
少しずつほうれん草を食べていたらしい。
無農薬のほうれん草の威力は強烈。
ある日、トリは立ち上がり、
夜明けにけたたましい時を告げた。
元気になったぞ、元気になったぞ、
じゃが、
毎朝トリは時を告げる。
えらい近所迷惑よ、なんとかしてよ、
妻は閉口、苦情が出た。
またまた、ぼくはダンボールに入れて学校へ持っていった。
満員電車に乗って、鳴くなよ、鳴くなよ。
このトリどうする? クラスで聞いた。
トリ小屋作って、飼おう、他のクラスにも先生にも秘密だよ。
こうして体育館の裏の誰も来ない片隅に、
アベチン先頭に、生徒達が、レンガや木切れを持ってきて、
トリ小屋を作った。
昼休み、生徒は弁当の食べ残しを持っていってトリにやる。
トリは猛烈な食欲だ。草でも何でも食べてしまう。
やんちゃくれの結束は固い。
秘密は厳重に守られた。
ところがある日、こつぜんとトリが消えた。
だれも行方を知らない。
やんちゃくれたちは学校中を探したが、
逃げたのか、盗られたのか、
壊れかけたトリ小屋を後に残したまま、
どこからか来て、どこへ消えてしまった。
不思議ななぞの白いニワトリ。