今年のツバメ


       巣立ちを待つ


来客があって、一晩旧交を温めた宵、
「ツバメがヒナを育てていますね。」
と客が言った。
えっ、そんなはずはないですよ。
「いえ、いますよ、ヒナが。」
玄関の引き戸の前、何度もそこを出入りしているぼくら夫婦は、
ツバメの姿を見ていないよ、と言い切る。
巣の下に、糞も落ちていないよ。


去年、ツバメは巣を作りかけ、
半分以上出来上がった巣に止まっているのを見たとき、
そのうちヒナが生まれるだろうと楽しみだった。
そのことをブログにも書いた。
ところが、いつのまにやらツバメは姿を見せなくなった。
これはてっきりランのせいだ。
犬のランを玄関前につないでいたから、
ツバメは、巣の下にいる真っ黒な犬に脅威を感じたのだろう。
それに郵便屋さんが来ると、けたたましく吠える。
こんなうるさい犬の上に巣を作るのは、
やーめた、
そういうことだったのだろうと、去年の巣作りの中止原因を勝手に想像していた。


確めてみるか、
玄関を出て、ひさしを見上げてみると、
ありゃ、ありゃ、しっぽらしいのが、小さな巣からはみ出して見えるではないか。
「いる、いる」
まぎれもなく、ツバメはこっそり巣作りをして、
ヒナをかえしているらしい。
「いやあ、ほんとでしたね。」
家の住人が気づかず、お客さんが発見するとは、
なんというこっちゃ。


日射が厳しくなった。
標高六百メートル以上はある安曇野は、紫外線も強く、
ランを外に出すと五月の日射にあえぐようになった。
日陰を求めて家の周りの適当なところに、
ランをつなぐ。
するとまた玄関前につながざるを得なくなって、洋子がつないた。
「去年のことがあるから、そこを避けようよ。」
と言うと、
「ツバメさんは、ランがそこにいることを承知の上で巣を作ったのだから、
大丈夫よ」
と言う。
そうかなあ、また巣作りを中止したら知らんぞ、
とか思いながらも、妥協して、
ランを玄関につなぐままにしていたら、
なるほど、ツバメは気にもしないで、子育てをしているようだ。
十日ほどしたら、電話で、ヒナの頭が少し見えたと洋子がいう。
そこへもって糞も落ちだしたと。
これで安心、もうヒナが育ってここから飛び立つのは確実だ。


しかし、残念なことに、ぼくは巣を見ることができない。
今度帰るときに、まだヒナは巣立ちしないで、いるかな。
我が家生まれの、ツバメさん、
ちょっと待っていてくれよ。