前川喜平が語る


 「前川喜平が語る、考える」(本の泉社)のなかで、前川喜平高賛侑と対談している。前川喜平は、元文部科学省事務次官加計学園獣医学部新設をめぐる不正を告発して退官を余儀なくされた人。高賛侑は、私が中学校の教員になって送り出した最初の卒業生の一人、彼は民族問題にかかわり続け、底辺の人々のルポルタージュを記録し発表してきた。
 前川喜平はこんなことを言っている。
「1980年代にイギリスに二年間、留学していたことがあります。クリスマスだったか、女王陛下のスピーチがありました。BBCで放送され、それを聴いたんです。
『我が国は、マルチレイシャル・カントリーである』という言葉が出てきて、ほう、と思いました。女王が、我が国は多人種国家である、と言ったわけです。それで思い出したのですが、今の天皇が、桓武天皇のお母様が百済の出身だったと、言及されたことがありました。そのときも、ほうと、思いましたが、日本はまだ欧米のような多人種・多民族・多文化の共生社会になっていない。
 経済団体からは、外国から労働力の移入が必要であるという声が高まっています。しかし、これは経済界の論理であって、単なる労働者として受け入れるというのは間違いだと思います。人間として受け入れるということを考えなければいけない。仲間になって一緒に仕事をするということを考えるべきであって、仕事が終わったら帰れ、というような政策は取ってはいけないと思うのです。
 日本はいずれ移民政策を本格的にとらなければいけなくなる。多文化多民族共生社会を目指さざるを得なくなる。その際、母語とか母文化とか、元々の民族性とか民族教育を残すということが重要な教育の一部になっていきます。今でもフィリピンにルーツがある子がずいぶん日本の学校に学んでいますが、子どもは日本語を覚える一方で、元のタガログ語を忘れていく。そうすると家族の中で言葉が通じなくなるということが起きている。
 複数のアイデンティティをもっている存在の人たちを積極的に認めていく教育をこれから目指していく必要があるのではないか。
 ダブル・アイデンティティを持っている人たちがたくさんいればいるほど、多文化共生ができると思う。つまり文化と文化、民族と民族の橋渡しができる人たちがたくさんいるということです。そういう社会をつくるためには、ダブル・アイデンティティを大事にするような教育制度をとらなければならない。いろんなアイデンティティを保障する教育、それを憲法のもとで無償普通教育として認めていく、今後目指すべき方向だと思います。
 純潔日本人主義を維持しようとすると、千年後には日本民族は滅亡すると思っているんです。日本人で今生まれている赤ちゃんは、百万人を切っています。そのうち三パーセントぐらいは外国人にルーツを持っている子どもだと言われていますが、今の出生率が続くと、五十年で新生児の数は半減すると言われています。ということは、百年で四分の一になる。十回繰り返すと百万分の一になる。つまり千年後には、今百万人生まれている子どもが百万分の一、つまり一人しか生まれないことになり、日本民族は消滅することになってしまう。
 もともと日本列島にはいろいろなところから人が流れついてきました。いろんな人種の人がここにたどりついて暮らすようになったわけです。
 架空の純血主義に寄りかかっている考え方が間違っているんです。」

 今、国会でも外国人労働力を受け入れる制度の議論がなされている。その一方で、外国人排斥や差別の動きがうごめき、技能実習生をめぐる悪質な雇用者の問題がある。
 古代史の研究者は、これまではっきりと言っていた。日本の国の初期、朝鮮半島の国々からたくさんの渡来人がやってきた。その人たちは政治の世界にも加わって日本の国家を形づくる役割を果たし、工業、建築、彫刻など社会を構成するために必要な技術の世界でも、文化の形成に携わった。日本列島にもとから代々生きてきた人びとも、初めは大陸からやってきた。そして日本列島に暮らしてきて、渡来してくる人を受け入れた。
 「私の先祖をたどれば、渡来人ですよ。」
考古学の学者になった先輩で、故人の北野さんは、古市古墳群のある河内野に住んでいたが、これが口癖だった。