風力発電所計画の白紙撤回と原子力発電の継続


 それにしても、ちょっと分からない。どうしてオジロワシオオタカは、風力発電の風車が回っているのを前方に見えるはずなのに、そこを避けないのだろうか。
 齋藤慶輔氏は、鳥たちの飛び方を説明していた。獲物を探しながら飛翔する彼らの眼は、上空から下の大地を観察する。だから下方からやってくる物には気がつくが、上から下りてくる風車の羽根は視界に入りにくいと。
 風車の廻っているところへ入り込めばそうなることは分かる。しかし、入り込む前に、前方に巨大な風車が見えるはずだ。ワシたちが、あえて危険な風車群に飛び込んでくるのはどうしてか。どうも説明が足りない。
 斎藤氏は、自分は風力など自然エネルギーの発電は必要だと思うが、設置する場所や鳥の生態などを研究して、設置場所を選定することだと強調した。設置場所を選定する必要があるという。どういうことだろう。 
 日本野鳥の会から以前に送られてきていた季刊誌「トリーノ」があったからページを繰ってみた。すると、風力発電所建設計画と風車による風車事故の問題が載っていた。北海道の東端根室市、その根室半島の付け根のあたりに、今では希少となった広大な原野が残っている。そこに風力発電施設建設計画がもちあがっていた。2011年の福島原発爆発後のことである。日本野鳥の会は、自然エネルギーの開発には賛成するが、その場所に風車を建設すれば、希少なワシ類に重大な影響を与えると判断した。そして、北海道知事及び北海道教育長に要望書を提出した。記事は次のように述べている。


 <日本野鳥の会根室支部は、北海道根室市に計画されている風力発電施設「根室フレシマ風力発電所」の建設計画に対して、日本野鳥の会が独自に行った調査結果等に基づき、オオワシオジロワシなど希少な鳥類等に及ぼされる重大な影響を懸念し、これら希少種を含む生態系保全の観点から、北海道知事および北海道教育長に対して、予定地の変更の検討など、事業計画者に対して適切な指導を行うよう書面をもって要望しました。
 建設予定地は、太平洋に面する北海道根室市フレシマの海岸付近。当該地は、国指定天然記念物で絶滅危惧種でもあるオオワシオジロワシ、タンチョウやシマフクロウが利用する重要な地域です。越冬期には多数のオオワシオジロワシが採食地や休息地として利用し、繁殖期にはオジロワシが最大2つがい営巣していると考えられています。
 日本野鳥の会独自の調査結果を元に、ワシ類がブレード(羽根)の回転する高度を飛翔する頻度の予測を行ったところ、計画地内で最も高頻度に飛翔するメッシュは年間約363回、平均でも約79回通過すると予測されました。また、衝突数の予測を行ったところ、平均して年間0.39羽(最大1.01羽)がブレードに衝突すると推定されました。年0.39羽の衝突は、過去にワシ類の衝突事例が知られている北海道内の発電所の衝突数と比較して第3位に匹敵します。
 これらの調査結果から、私共はフレシマにおける風力発電所の建設は周辺の生態系およびオオワシオジロワシなどの希少鳥類に影響を与えると判断し、要望書の提出に踏み切りました。>

 事業者に日本野鳥の会は、「風力発電生物多様性に与える影響を極力回避するために、立地選定段階での生物多様性、希少種保全の検討を幅広に行ない、生物多様性に影響を与えない自然エネルギーの導入をめざして活動を継続すること」を求めた。

 「トリーノ」によると、風力発電所建設計画の場所は、根室半島の付け根の太平洋側の海岸であることが分かった。地図で調べると、JR根室本線の初田牛駅の南側になる。その海岸線には高さ40メートルの段丘が続き、海から森に至るなかに小川や池沼や湿原が点在している。日本野鳥の会は、その原野の一角を野鳥保護区として保全してきた。絶滅危惧種オジロワシ、タンチョウ、シマフクロウが生息しているからだ。そこには越冬期に多数のオオワシがやってくる。鳥たちの楽園なのだ。
 風車に野鳥が衝突する「バードストライク」は、2014年1月現在で、38例あった。日本野鳥の会では、ワシ類の飛翔調査を14カ月かけて行ない、その科学的解析を基づいて2014年5月に要望書を提出したのだ。
 この計画をやめるように要望書を出したのは、日本野鳥の会だけでなく、国際的な自然保護団体であるバードライフ・インターナショナルや北海道自然保護協会なども提出している。

 結果は速かった。2014年7月16日、事業者である電源開発株式会社は、計画中止を発表した。事業者は、中止の理由について、経営上の問題と言っているようだが、そのことのなかに、自然保護の問題が含まれていると思う。

 昨夜テレビで、ニューヨークの、移民が人口の半数住んでいる街のコインランドリーを取材し、ドキュメンタリー番組にして報道していた。洗濯物を取りに来たひとりの婦人が、日本人記者に質問してきた。元映画のプロデューサーだと言った。
「日本では、フクシマのことは議論してはいけないことになっているの?」
 日本人記者は「そんなことはないですよ」と応えた。
「私は福島原発のこと気にしているのよ。あの事故は、自然災害なの? それとも人災なの?」
 記者がどう答えたかカットされていて分からない。そして婦人は言った。
原発事故は、どこでも起こるのよ。」
 日本でもアメリカでも、世界のどこでも原発事故は起こりうるのだと言って、彼女は自分の喉に指をもっていき、何かを言ったが音声は入っていなかった。そのそぶりから、福島の被爆地では喉に甲状腺ガンができている人が増えていると言っているように思えた。
「言いたいことは、そういうことなの」
 ご婦人は、コインランドリーから洗濯物を持って帰っていった。この一連の会話がぼくの心に残った。編集された映像だからそのときの応答はかなりカットされているのではないか。「言いたいことは、そういうことなの」の前に何か会話があったはずだ。
 あの婦人は、福島で増えている甲状腺ガンのことを言いながら、福島原発事故は人災です」と言ったんだと思った。
 これだけの原発大事故を起こしても、安倍首相は、厳重に安全管理しながら今後も原発を運転し続けると言う。そう発言しても、日本の世論は、政府の考えを従順に受け入れている。だから、その不思議を婦人は口にした。
「日本では、フクシマのことは議論してはいけないことになっているの?」

 北海道の風力発電のことで分かったことがある。
 風車の高さのこと。支柱は高さ80mある。その先端に、直径80mの風車が付く。三枚羽根だ。一枚の翼が長さ40mある。すると、地面から翼の最先端までは、120m。この風車が海岸の、高さ40mの段丘の上に建設されると、海面から風車の最高地点までが、160mになる。海側から飛翔してきたオジロワシは、段丘の前から気流に乗って上昇する。彼らの飛ぶ高さは、高度40mから120m。そこに風車が待ち受けている。
 160mの高さというと、45階建のビルの高さだ。120メートルなら、34階建のビルの高さ。
 北海道のこの風力発電計画は白紙撤回された。
 しかし日本の原子力発電は稼働し始めている。放射性物質の処分の道がないにもかかわらず。