近づくソチ冬季五輪



 今日は日の光に熱がこもっていた。氷点下の、体を貫くような冷気が、日が昇るにつれて上昇し、昼間は日射が肌をほかほか温めていく。ランの黒毛は日を吸収して、縁台で四肢を伸ばして寝ている。きらめく太陽にはまぶしい輝きがあった。まだまだ冬の日が続きそうだが、春は近いことを感じさせた。
 もうすぐ開幕するオリンピック開催地のソチを地図で見ると、黒海沿岸の、カフカス山脈に近い。その最高峰はエルブルース、5000メートル峰だ。カフカスを昔はコーカサスとも言った。その周辺には、小さい共和国が七つもある。チェチェンもその中にある。カフカスの北をドン川が流れている。ドン・コッサクはこの辺りに共同体をつくり、農業を行ない、コサック軍団を編成した。
 第一次世界大戦ロシア革命に翻弄され、反逆に生きた黒海沿岸のドン地方に生きるコサックたち、ミハイル・ショーロホフの大河小説『静かなドン』が物語を閉じていく季節を次のように描く。

 「冬になると、岸の切り立ったドン河沿いの山々の傾斜の上や、俗にチベールと呼ばれる、小高く盛り上がった坂の頂の上あたりで、肌を刺す冬の風が渦巻き、吠え立てるのだ。風はここかしこ雪どけの地肌を見せた丘の上から、まっしろな雪煙を舞い上げ、雪の吹きだまりに吹き寄せ、厚い層に積み上げる。砂糖のようにきらきらと日差しに映え、たそがれどきには空色に輝き、朝ともなれば青白い色を帯び、日の出にはばら色に燃える雪の山が、懸崖にかかる。恐ろしいばかり静謐な深雪は、うらうらとのどかな春光の雪どけ日和が下のほうからむしばみ溶かすそのときまで、ずっとそこにかかっていることだろう。そしてその時には、下へ引き寄せられた雪は、行く手に生い茂る丈低いいばらのやぶを押し倒し、はずかしそうに坂へへばりついているサンザシの潅木を押っぺし折り、背後にたぎり返り、天まで舞い上がる白銀の雪煙のすそをひきながら、低い静かなどよめきを上げてなだれ落ちるのだ‥‥」

 ミハイル・ショーロホフの大河小説『静かなドン』は、1926年から1940年の15年間に渡って発表された。1965年、ショーロホフのノーベル文学賞受賞ではこの作品の評価が大きく影響した。社会主義国ソ連の作家であったショーロホフはロシア革命の初期の時代を描いたが、この小説は、革命、反革命のいずれにも傾斜せず、中立の姿勢が貫かれていた。
 ソ連が解体してロシアになってから、コサックは再び姿を現してきている。
 ソチ・オリンピックの舞台の歴史をひもといていけば、多くの民族の知られざる物語が芋づるのように引き出されてくることだろう。