上高地のウエストン祭が6月の第一日曜に行なわれたことを今年も後からニュースで知った。毎年それを聞くと、祭りに行きたかったなと思うが、その思いはすぐにあぶくのように消えて年が過ぎてゆく。
兵庫の灘中学・高校の老教師が、中勘介の「銀の匙」を三年間かけて読み終える授業を行い、時間や効率や、受験勉強とは無縁の、時代と人間の深みをたずねる授業が卒業生のなかに生き続けていたことを知ったとき、そういう授業をこの信州の学校でしてみたいものだと思った。ひらめいた一冊は、イギリス人宣教師・ウエストンの著作「日本アルプスの登山と探検」だった。ウエストンがアルプスを探検登山したのは、明治維新からわずか二十余年を経た1891年であった。7年間にわたる登山と探検の記録は、日本の近代登山の黎明をもたらす。
たっぷりと物語にひたって読み、生徒たちが物語を探検する授業ということになると、臼井吉見の「安曇野」もやってみたいものの一つだが、この大作は、全部を読み通には生徒の在学期間中では無理だから、抽出しなければならないだろう。
「日本アルプスの登山と探検」に、こんな記述がある。
「農夫の中には、まことにおもしろい天気予報をするものがいる。日本にはところどころに、設備の整った官立の測候所が設置されていて、定時に有益な予報を出しているが、田舎の人々はほとんどそれを利用できず、自分の経験に頼らざるを得ない。
彼らのいう晴天の兆候にはつぎのようなものがある。
犬がいつものねぐらから出て野天で寝る。
鳩の声に応じてこだまがきこえる。
トビが夕方啼く。
行灯(あんどん)の灯芯のすすが赤くなる。
虹が東にかかる。
雨のしるしは次のようなものである。
ミミズが地面の上に出てくる。
おんどりが、いつもより早く鳥屋(とや)につく。
月が低く見える。
カラスが水浴びをすると、翌日は雨になる。
風が予知できるのは次のような場合である。
星がふるえて見える。
カラスが群がってなき騒ぐ。
川音がいつになく高く聞える。」
ウエストンは、信濃の国を歩きながら、農夫や猟師から聞いたことを丹念に記録した。こういう観天望気や、動物などの身の回りのものから天候を判断する言い伝えは、日本各地にいろいろある。「安曇野の西にそびえる鍋冠山に黒雲がかかると雨が来る」というのも聞いたことがあった。自分の眼で観察し、自分で体験して、天の理を探ろうとするなかから生まれてくるものである。やっぱりそうだったと思えた体験が重なって、その土地の言い伝えとなって生き続ける。
今朝、穂高の塚原で、民宿の近くのおばあさんがカボチャの授粉をしていた。我が家のカボチャはまだ幼いのに、そこのカボチャはもう長く太い蔓を伸ばし、花が咲き実もつけている。おばあさんは、人工授粉の話をしてくれた。
「花が上のほうにあるのは雄花で、蔓の脇の下のほうにあるのは雌花で、今年は、ミツバチがいなくてね。」
毎年ミツバチがぶんぶん花の蜜を求めて飛ぶのに、今年はさっぱり姿が見えない。それで、雄花の花粉を雌花のめしべにつけている。
「今年は、虫が少ないねえ。毎朝、6時から7時ごろにこうして授粉しているだよ。ミツバチ、冬越しできなかったのかねえ」
「そうですねえ。虫がほんとうに少ないですねえ。」
「ツバメも少ないね。」
「そう、ツバメも少ないですね。」
ツバメは、食べる虫がいなくては、生きていくことができない。ミツバチは冬の寒さを生きのびられなかったのかな。
小学2年のころ、学校で習った歌に、「カボチャの花」があった。なんとも単純な歌で、好きでも嫌いでもなかったが不思議に頭に残っている。
1、カボチャの花が咲きました。
あんなところに 咲きました。
夜明けに ぱあと、まっ黄色、
つゆをふくんで 咲きました。
2、カボチャの花が咲きました。
葉かげに 二つ咲きました。
かなかなぜみも 目がさめて
風にゆれゆれ 咲きました。
カボチャはつるをのばして広がると、数メートル向こうのほうまで伸びていき、樹を這い登りもする。なるほど、「あんなところに」だね。おばあさんは、毎朝6時に授粉している。なるほど、夜明けにぱっと花を開いたのだ。