
かつてメモしておいた鶴見俊輔のこんな文を見つけた。
「家の買い物で、店を訪れ、二言三言会話する。そのちょっとした挨拶で、心温まる時がある。そういう店からは人生の応援歌を聞いたようで、元気が出てくる。」
「小さい子どもが家の前などで遊んでいて、その子たちが私を見知っていて、話しかけてくるのは楽しい。ある日、顔見知りの二歳ぐらいの女の子が、男の子と遊んでいて、私に声をかけてきた。すると男の子は女の子に、『あの人はだれ?』と聞いた。女の子は、『よく来はる人』と応えた。それで男の子は納得した。
子どもの内部世界は、それなりに十分に定義されている言葉で、すきまなく積み上げられているのだと思う。子どもの哲学についての一つの発見だった。」
「ラジオから声が聞こえてきた。
『キリスト教の教えでは、この世界を創ったのも、人間を創ったのも、神となっている。ところが時が経つにつれ、人間は神の道を忘れて悪に走り、手の付けようもなくなり、それで神は大洪水を引き起こし、人間を滅ぼそうとした。同時に大きな箱舟を一艘つくり、いくらかの命を溺れ死にさせないで助けた。今度の戦争はこの大洪水とみてよい。』
私はこの話に聞き入った。
聖書のノアの箱舟の話は日本にも入っている。勝手なことをしている人間は、いずれことごとく溺れ死ぬだろう。」
今、世界はきわめて危険な状態にある。第一次世界大戦、第二次世界大戦を経て、なおもいくつもの戦争があり、そして今の世界の戦争。かつての教訓も経験も、活かされることがない。
人類は戦争する生物となり、まっしぐらに、滅びの道を奔っているようだ。