一羽のトビ

 

 

見上げると一羽のトビが円を描いて舞っている。

雲が多い。

風が冷たく、他に鳥の姿はない。

描く円弧から予想して、このトビは上昇気流に乗って、上がっていくのだと思う。

ぼくは歩くのをストップして、冷たい風に吹かれてトビを見つめていた。

予想通りトビの姿は、かすかに、かすかに小さくなっていく。

トビよ、いったい何を目的に空高く、この烈風のなかを昇っていくのだ。

とうとう米粒ほどになり、黒点になり、

雲の中に隠れてしまった。

渡り鳥でもなく、今の季節、食べ物も少なく、上空に何があるのだ。

奈良の金剛山の麓に住んでいた時、

上昇気流に乗って円弧を描きながら、数羽の鳥たちが空高く昇っていくのを見たことがある。

その鳥たちは、南に吹く上空の気流に乗って矢の如く空を横切って移動していった。鳥の渡りだった。

だが、あのトビはたった一羽、雲の中に消えていった。

 

今朝、電話がかかってきた。

「福井が亡くなりました」

奥さんからだった。ムラ時代の同志、ムラを出てから自己の人生を振り返り、小説を書き続けてきた彼、

逝ってしまった。