リニア中央新幹線の建設が始まった


 最高時速500キロで疾走するんだという。
 リニア中央新幹線の建設が始まった。2027年に東京(品川)―名古屋間が開業し、45年には大阪まで延びる予定だとか。
 政治経済の大勢は建設歓迎。
 磁力で浮いて、ぶっ飛ぶ。そりゃ夢のような話じゃないか、その夢、実現するとすばらしい。
 庶民も賛成。速いことはいいことだ。時間が短縮することはいいことだ。経済に効果のあることは賛成。発展発展、日本は発展。

 こうして歴史は動いていく。新しい何かが生まれ、歴史を刻んだ何かが消えていく。この歴史の流れ、大勢には逆らえない。時代は変わるもの。だから、それに乗るしかない。長いものには巻かれろ。
 巻かれろ?
 巻かれる「国民」なのか。
 「国民」とは何だ。「国の民」とは何を意味する?
 
 ぞくっと寒気がした。

 南アルプスのどてっ腹に長い長いトンネルを掘って貫通させるんだぞ。
 南アルプスって知ってるか? 登ったことがあるか?
 あの巨大な山脈、深い森。多くの生き物が生息するところ。
 腹に穴を開けられ、膨大な土を奪われ、地下水をとられ、山はその痛みで泣くぞ。
 山麓地帯には多くの貴重な伝統文化が残っている。住民たちが守って来た生きる人間の文化だぞ。農民歌舞伎もあるぞ。
 どっちを向いて、日本は走っているんだ。
 どこへ向かって、日本は急いでいるんだ。

 先だって見たドキュメンタリーの映像は、イギリスのピークディストリクト国立公園だった。そこは1951年にイギリス初の国立公園となったところ、沖縄県と同等の広さを持つという。歩く人のための道であるパブリックフットパスが公園内を縫うように続いている。映像はその道を6日間かけて2人の女性が歩くというもの。
 人間はどこでも歩く権利を持っている。その権利を国は認め、それを行使することのできるようにした小道フットパス、イギリス全土に24万キロに渡って網の目のように張り巡らされている。その道をたくさんの人が歩く。歩くことが大好きなイギリス人だ。
 国立公園のなかに小さな美しい村々がぽつりぽつりとある。農村は牛を飼い羊を飼う。広がる放牧地。田園も村も百花繚乱。ヒースの丘がある。森がある。フットパスを歩く人びとは、坂を登り、下り、うねうねと曲がりながら、遠くの空を見つめ、緑野を堪能する。ナショナルトラストの所有する土地がある。そこはどこを歩こうが自由だ。マナーハウスと庭園がある。領主達の館「マナーハウス」は今は宿泊施設として改装されている。イギリスの貴族階級の旧領地は公園として保存されている。
 住民が語っていた。
 昔々、すべての土地は誰のものでもなかった。どこを歩くのも自由だった。ところが歴史は動き、広大な土地は貴族階級のものになった。貴族の領地には労働者は入れない。イギリスに産業革命が起こり、労働者たちはそれを支えた。そして気づいた。何故おれたちは貴族の領地に入れないのか。なぜそこを歩けないのか。おれたちは歩く権利を持っているんだ。歩こう。それがデモになった。
 すべて人は歩く権利を持っている。歩く労働者たちは、歩く権利を取り戻した。
 パブリックフットパスにはこのような物語があったことを、住民が話していた。
 かくしてイギリスの原風景を永久に残そうという国民意識が共有されるようになった。
 歩く人のために、歩くことを楽しめる環境を保存する。歩く文化を残すことを第一義に考える。そこに国、行政は多額の予算を投入した。
 歩くことは生きることだ。歩くことは美しい自然を守ることだ。人々が守ってきた自然、文化を未来に向けて残すことだ。
 一人ひとり、生きている、呼吸をしている。
 呼吸のリズム、心臓の鼓動のリズム、それは人類の歴史を刻んでいる。
 山も村もずたずたにして、森を破壊して、
 500キロでぶっ飛ばして、
 そんなに急ぐ必要がどこにある。
 
 リニア中央新幹線が東京大阪間に完成した時、日本の人口はどうなっているか。
 日本人はどんな歴史を刻もうとしているのか。