住民投票条例制定を求める市民の議案は否決


議場は、ぽかぽかと暖かく、上着を脱いでも、汗ばむほどだった。
賛成は7人、反対は18人、安曇野市議会は住民投票条例案を否決した。
住民投票条例制定を求める市民の会の考えは、議員たち多数の耳に届かなかった。はなから聞く耳を持たない人たちには無理だったのかもしれない。
「二元代表制である議会との協議を経て、丁寧に手続きを重ね、時間をかけて議論を進め、開かれた市政の中で市民への説明責任を果たし、議会制民主主義に基づいたプロセスを踏んでまいりましたので、本条例の制定は必要ないと考えております。粛々と建設を進めます。」と市長は述べた。


議員たちの議論は、まったくかみあっていなかった。市民の側は請求の奥に市民の政治参加の理念をひそませていた。しかし、本質に迫る議論に及ぶことはなかった。
ぼくは、壮大なこの堀金総合庁舎の三階に造られた、りっぱな議場を傍聴席から眺めた。50人ほど座れる傍聴席の椅子も、大都市の劇場なみの椅子である。
議場の真ん中に向かって、議員席はゆるやかなスロープの階段席になり、中央下に提案者の机があった。その後ろに、高々と議長席があった。
市長を初めとする行政職の幹部メンバーたちは、議員たちに正対するように、向かい合って議長と提案者の席の両サイドに、座っている。
議場は、まさに大都市や国会の議場のミニチュアのようにりっぱだった。
2005年10月1日、南安曇郡豊科町穂高町三郷村堀金村東筑摩郡明科町は、合併して安曇野市となった。それ以来、この堀金村の新役場は、一階が総合庁舎として、三階が議会関係で使われてきた。
8500人の人口の旧堀金村が、このような市庁舎なみの建物を建てたことを不思議に思うことが何度かあった。6年前、この壮大な建物を見たぼくは、それまで生活していた奈良県の御所市の庁舎と比べて、あまりにも豪壮であることに驚嘆した。ロマンを感じるヨーロッパ風のデザイン、エレベーターもついている、庁舎の南側に中央公園がくっつき、大きな体育館が二つ、そして公民館・図書館と旧武道館が周りを囲むように建てられている。
小さな村がこんな村役場をどうして建てたのだろう、信じられなかった。
市に合併してから、この建物は、支庁者として議場として不自由なく使われてきたのだった。


このなぞが最近解けた。
写真家で、映像作家である中沢さんが、
「あの建物は、市に合併したとき、市の本庁舎として使うことを考えて建てたのですよ。当時の村長はそう考えたのです。」
そして増築が必要となったときのために、本館の近辺に利用できる土地を確保した。 


新しい本庁舎を建てることに賛同する議員たちは、この議場を見て、何を感じてきたのだろう。
6年間使ってきて、なお別に本庁舎をたて、そこにこのような議場を造ろうというのか。
もっと便利に、もっと効率よく、もっと豊に、と。
市長は本会議の中で、この建物の中に図書館を入れるとかの構想を語った。さすれば議場はどうする。
議場をつぶして、他の目的に造り替えるのだろうか。


問題はそこにある。
現実を見よ。現場に下りて来て、実体を観よ。
日本大震災と原発事故という未曾有の災厄の中にあって、これまでと同じ道をまだ進んでいこうとするのか。
日本という一つの体が、悲鳴をあげているこのときに。
必要な建物は建てればいい。
だがそこに、どのような社会をつくっていこうとするのか、どのような文明が、どのようなグランドデザインが市民の幸せにつながっていくのか、その思想がいっこうに語られていない。
議会は、何を思索し、何を設計するのか。